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作品名:帝都、貫く、浄魔の拳 作者:ジン 竜珠

第65回   参の三
 今から三年ほど前、比呂樹はある女性とつき合っていた。
 大杉弥生(おおすぎ やよい)。大学時代からの知り合いだが、親密につき合うようになったのは、お互いが社会人になって、弥生の就職先の異動で、彼女が上石津市の中央区にある事業所にやってきてからだ。
 そして、二年ほど前、彼女の周辺にストーカーが現れた。比呂樹は小学校の頃から剣道を学んでおり、また、高校時代には柔道部にいたこともあって、彼女を護れるだけの「力」があると思った。事実、二度ほど、威嚇および、ある程度の武力行使で、撃退した。だから、比呂樹は彼女に言った。
「俺が、お前を護ってやる」、と。その言葉に、弥生は幸せそうな笑顔で、比呂樹の胸に顔を埋めた。
 だが、二十四時間、四六時中、張り付いて護ることは出来ない。やがて、彼女はノイローゼに近い状態になった。その頃、ストーカーの身元も判明し、警察へ訴え出た。しばらくは、それで落ち着いたものの、そのストーカーは何らかの刑事罰を受けて、拘留されているわけでも、まして刑務所に入っているわけでもない。「近づくな」「通信手段を使うな」といわれても、行動の自由は、事実上、保障されていた。
 そして、あの夜。
 彼女をマンションへと、比呂樹の車で送った直後のこと。車から出て、白いロングコートを着て、弥生をエスコートしたとき。
 そのストーカーが待ち構えていたのだ、手に、拳銃を持って。
 ストーカーが向けた銃口は、明らかに比呂樹と弥生を狙っていた。
 咄嗟に弥生を突き飛ばし、自身も跳びのいたが、銃声とともに吐き出された銃弾は、比呂樹が跳びのいた先の、比呂樹の愛車のボンネットに着弾した。あとで聞いたが、その銃は改造拳銃でライフリング溝が刻まれておらず、ある意味で、弾丸は無軌道になるのだそうだ。
 ライフリング溝という「枠」があるが故に、銃弾は曲がることなく、まっすぐと進む。ストーカーも、その「枠」を、心に持たぬが故に、無軌道になっていたのか?
 目の前で、自動車のボンネットで弾けた弾丸が、比呂樹の心に恐怖を刻み込んだ。
 耳に、弥生の悲鳴、そして比呂樹に助けを求める声が届いた。その方を見ると、ストーカーが弥生の腕を掴んでいた。
「弥生!」
 叫んで、近寄ろうとしたとき、ストーカーが銃口を向けた。
 脚がすくんだ。
 いや、体が反射的に動き、ストーカーの銃口から……いや、弥生に背を向けた。そして、自動車の影に身を潜めた。
 再び、銃声がしたが、その銃弾がどこへ行ったかはわからない。マンション駐車場地面のコンクリートに当たったような音は聞こえた。
 体が自然と震えてくる。
 自動車のドアが閉まるような音がして、発進音がした。
 その時、はじめて「追わねばならない」という意識が芽生えたが、それでも、脚に力を入れて立ち上がるのに、数秒を要した。
 車に乗り込み、エンジンを入れる。だが、相手の車など、わからない。結局、どこへ逃げたか、わからないのだ。弥生から聞いていたストーカーの住むアパートへ行ってみたが、そこには、いないようだった。
 しばらくあちこちを走り回ったが、ストーカーがどんな車に乗っていたかわからない以上、捜しようがなかった。
 マンションの住人が事態を一部、目撃していて、警察へ通報が為されたものの、最初に乗ってきた車を乗り捨てて、別の車に乗り換えたかどうかしたらしく、足取りは追えなかったという。

 翌日、弥生の射殺死体が、中央西区の西、上田(うえた)区の、金物工場跡地で見つかった。その隣には、まるで心中するかのように横たわり、弥生の右手を自分の左手で握った、ストーカーの自死死体。ストーカーは、銃口をくわえていたそうだ。


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