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作品名:帝都、貫く、浄魔の拳 作者:ジン 竜珠

第64回   参の二
 五宝寺を去り、車に乗って、なんとなく走らせる。特に目的があったわけではないが、気がつくと、市の南西部。古港(こみなと)というエリアに来ていた。ここは、その名の通り、古くからの港町で、漁港、そして、漁港から西へ三百メートルほど行ったところに、マリーナがある。
 マリーナ近くにあるカフェバー「ラ・フェルマータ」の駐車場に車を停め、中に入る。昼時だったが、満席というわけではなく、八人座れるカウンター席が、四つ、空いていた。
 ホットサンドイッチと、アイスコーヒーを注文し、店内に流れるイージーリスニングをなんとなく聞いていると、入ってきた客が、自分の隣の席に着いた。
「フェルマータ・ランチセット」
 入ってきた客が注文する。
 その声に、比呂樹はその客を見る。
「佐之尾さん」
 テイボウの、実質的リーダー、佐之尾常国(さのお ときくに)だった。
「よう」
 と、笑顔を向けてきた佐之尾に、比呂樹は言った。
「どうしたんですか、県警捜査一課の刑事さんが、こんなところで?」
 ちょっとだけ、苦笑して……こんなところで、素性をバラすな、と言いたいのかも知れないが、ここのマスターは、佐之尾のことを知っているので、別の意味があるのかも知れない……言った。
「詳しくは言えんが、ある事件の捜査で、上石津署に来る用事があってな。その帰りだ」
 そして、比呂樹の格好……妙に地味な、無地の白いワイシャツに、黒いスラックス……を見る。ふと、何かに思い当たったように言った。
「そうか、そろそろ月命日、か……」
「追い返されましたけどね」
「?」
「バッティングしないようにしていたつもりなんですが、お寺で、睦っちゃん、……妹さんに会いました」
「そうか……」
 しばらく、イージーリスニングを聴くでもない時間が流れた。それは、一、二分程度であったかも知れないが、その時間に耐えられないものを感じて、比呂樹は言った。
「俺、やっぱり、弥生(やよい)を見捨てたんです」
 佐之尾が比呂樹を見る気配があった。


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