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作品名:帝都、貫く、浄魔の拳 作者:ジン 竜珠

第62回   弐の三十二
 翌朝は八月一日、水曜日だ。
 大空震なしに巻き戻ったけど、なんか、歪みがすごいレベルで蓄積されてしまったんじゃないか、っていう不安がぬぐえない。
 朝食を終え、僕は大学へ行くために、外へ出た。すると、店の前に、スーツを着て、鼻ヒゲを生やした、品のいい初老の紳士が一人、店の前にいる。紳士は、店の通用口から出てきた僕を見て、会釈して言った。
「失礼。こちらのご主人、鞍橋善八郎さんに、お会いしたいのですが」
 ぜんぱちろう?
 ここのご主人の名前は善十郎だ。人違いだろう。僕は紳士に近寄って答えた。
「すみません、こちらのご主人は善十郎と申します。お人違いでは?」
「おや、そうですか。知人の便りに、ここで材木店を商っている方は、『鞍橋善八郎』殿とあったのですが」
 その時、通用口からお手伝いさんが出てきて、紳士を見て言った。
「先生!」
 そのお手伝いさんは、紳士に駆け寄った。
「おお、おくめちゃん」
 お手伝いさんは、おおかた僕が怪訝そうな顔をしてたんだろう、改まるようにして言った。
「こちら、わたしが小学校の時分にお世話になった、三谷(みたに)先生です。……先生、よくお越しくださいました」
 嬉しそうなお手伝いさんに頷くと、紳士は言った。
「便りをもらって、元気にしてると思ったら、会いたくなってねえ。……でも、こちらのご主人は、善十郎さんというそうじゃないか」
「え? 旦那様のお名前は、善八郎さまですよ?」
「でも、今、こちらの書生さんが……」
 お手伝いさんが僕を見て、そして、笑った。
「いやですよ、心さん。朝餉(あさげ)もすましたのに、まだ寝ぼけてるんですか?」
 え?
 ……僕の記憶違い、なの?

 そろそろ顕空へ帰る予感があるんで、とりあえず、いつもの場所……吉祥寺の公園へ行った。
 ここはまだ「きちじょうじ」であるらしいから、気をつけないと「きっしょうじ」になったりするかも知れない。
 ここには、ある種の「ポイント」が打ってある。ここの住人には見ることも感知することも出来ないポイントだ。
 このポイントで、ある印契を組んで、専用の呪文を唱え、特殊な歩き方をすることで、僕たちは、ここへ来る前にいた部屋じゃなく、本部の一室に戻ることが出来る。ここには、池があって、実はその作法に則って歩くと、その池に入っちゃうんだけど、不思議なことに、水面を立って、歩くことが出来るんだ。顕空へ帰るまで、その水面に立つことになるけど、ここのポイントが誰にもわからない関係で、そこにテイボウのメンバーが立っていても、騒ぎになることはない。
 周囲に人はいないみたいだ。この時間、一緒に帰るメンバーもいないらしい。だから、その作法をしようとしたら。
 千宝寺さんと天夢ちゃんが歩いてくるのが見えた。
 声をかけようとして気がついた。二人とも、なんだか難しい顔をしている。
「どうしたの、天夢ちゃん?」
 もしかして、昨夜のこと、かなり深刻な事態だったんだろうか?
 二人は顔を見合わせ、ちょっと考え、うなずき合った。まず、口を開いたのは天夢ちゃん。
「あたしの女学校の友だちに、梅野一枝(うめの かずえ)さんって人がいるんですけど。……今朝、会ったら、名前が変わっていたんです」
「名前が変わってた?」
「ええ。梅野二枝(うめの ふたえ)さんに」
 そのあとを千宝寺さんが言った。
「私が住んでいる桜風会アパートメント糀町(こうじまち)棟の管理人の名前、北郡頼一(きたごおり よりいち)だったはずなんだが。今朝は、頼二(よりじ)になっていた。訳がわからん」
「間違って記憶していたとしたら、二人揃ってそうなるのは、変だね、って、今、話してたんです」
 それって。
 僕は二人に言った。
「実は今朝のことなんですが……」

 十五分ほどして、本部に紫雲英ちゃんが帰ってきた。
 彼女の話では、帝都文明亭の大将の名前、「宇多木三之助」さんから、「宇多木四之助」さんになっていたという……。


(弐「帝都、死に急ぐ者の始末」・了)


あとがき

 勝手ながら。

 一部のキャストは次のように。

・国見章由……池内万作氏。
・古瀬秋恵……秋本奈緒美氏。

 いや、本当に申し訳ない!


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