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作品名:帝都、貫く、浄魔の拳 作者:ジン 竜珠

第6回   壱の四
 しばらく表通りを行くと、一軒の呉服屋があった。ここには確か……。
「やあ、おさわちゃん」
 伊佐木が、緩んだ声と顔で、お店の前でなんかの作業をしていた着物姿の、十七、八歳の女の子に声をかけた。彼女の名前は細川沢子(ほそかわ さわこ)。いわゆる奉公人だそうだ。
「あら、誠吉さん。それに、心(しん)さん」
 そう言って、彼女は微笑み、会釈した。
 しばらく、伊佐木は、おそらく二人にだけわかる会話を交わしていたが、不意に、言った。
「ねえ、今度、お茶にでも一緒に行かないかい?」
「え? いいですけど。でも、私、明後日から、藪(やぶ)入りですよ?」
「……ああ、もう、そんな時期か。故郷(くに)は、どこだっけ?」
「広島です」
「広島かあ」
「誠吉さんは?」
「俺? 俺は、横浜だから」
 そんな話を耳にしていると、二メートルぐらい、視線の先に、一人の女の子が現れた。桃色の着物にえび茶色の袴、黒いブーツ。着物には、白で向蝶(むかいちょう)の紋様が入っている。栗色の長い髪を三つ編みにし、リボンで頭の後ろで「マガレイト」と呼ばれる髪型にしている。
 神室天夢(かむろ あむ)。僕の「仕事仲間」で、先輩。そして、昨夜のアタッキングメンバーの一人だ。
 天夢ちゃんが僕に一礼する。……そうだね、報告もしないとならないし、そろそろ、この世界を「出る」時間かも知れない。
「伊佐木、すまん、僕は、帰るよ」
「え? そうか?」
 と、伊佐木は僕の背中の、二メートルぐらい先を見て、意味深に笑って、「じゃあ、あした、学校で」なんて言った。
 だから、違うと言うに。

 歩きながら、僕は言った。
「なんで、『僕』だったのかな?」
 同じことを思っていたらしい天夢ちゃんも言った。
「なんで、八月二十八日の夜が、いきなり三十一日の夜になったんですかね……」
 僕は頷いた。
 ここ「冥空裏界」は、わからないことだらけだ。一応、時間は普通に流れるらしい。昨日の次は今日だし、今日の次は明日になる。ただし、「大正十二年界」では、九月一日の午前零時になると、八月の初旬に巻き戻るらしい。
 でも、昨夜は違った。夕方までは「八月二十八日」だったのに、午後九時になった瞬間、「八月三十一日、午後十一時」になってしまったのだ。そのせいで、その時、そこにいた僕と天夢ちゃんが、アタッキングメンバー……護世士(ごせいし)に選ばれてしまった。
 乱暴な言い方をすると、「『大正十二年界を滅ぼす、巨大な化け物を倒す』役目」を、任されてしまったのだ。
 天夢ちゃんはともかく、僕は最近、帝都浄魔防衛隊に入隊したばかり。なんで、こんなド新人に、そんな役目が回ってきたのか、まるで理解できない。
 理解できない、といえば。
 実は、さっきまで一緒にいた、というか、「大正十二年界」に存在する人、全て、実在しなかったらしい。じゃあ、現実と無関係かっていうと、そういうわけでもないという。この辺は、ややこしいんで、まだ、詳しく教わっていない。なんか「ある一定の時期、『霊的に縁のある人』と繋がりを持つ」とかいうことらしい。だから、洋食屋の大将の「宇多木」さん、記録によると、二十年ほど前は「大工」さんだったらしい。本当に、何が何だかわからない。
 僕たちは、やがて、糀(こうじ)町の桜風会(おうふうかい)アパートメントに着いた。すると、すでに、白絣(しろがすり)の着物に赤い袴の、長身の若い美女が、門の前まで出て、待っていた。
 肩までの髪だけど、前髪を長く伸ばして、おろしていて、右目を隠すようにしている。髪の色は、栗色というより、茶色に近い。
 帝都浄魔防衛隊、通称「テイボウ」のメンバーで、最強の護世士、千宝寺千紗(せんぽうじ ちさ)さんだ。確か、まだ、二十代半ばだって聞いた。
 千宝寺さんは、近づいた僕を見下ろして言った。
「昨夜は、私もいたのに、なんで、お前たちが選ばれたんだろうな?」
 その声は、昨夜、「トホカミ結界」を形成した人の声だ。ちょっと、冷たい感じの声で、それには僕も萎縮するしかない。本当にそう思う。世界を護る、充分な力を持った人がいたのに、なんで、彼女が選ばれなかったのか。この辺も冥空裏界の、理解できない点の一つだ。
「とにかく、そろそろ現界に戻る時刻だ」
 僕たちは頷いて、千宝寺さんの後に続く。その時、天夢ちゃんが小声で言った。
「あの。戻ったら、目をつむって、あたしの方は、見ないでくださいね?」
「え? いいけど?」
「絶対の、絶対ですよ!?」
「……う、うん」
 とりあえず、僕は頷いておいた。


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