「いやあ、署に行ったら、お前、いなくてな。探し回ったよ」 江崎の言葉に、国見は「やっぱりか」と思った。 「相変わらず、班長はクールだな。……おっと、今は係長だったな」 「ええ、まあ」 国見の前に、ギョウザとチャーハンが運ばれてくる。江崎の前には、杏仁豆腐だけだ。 「言っておきますけど」 と、国見は言った。 「捜査情報は、教えられませんよ? 大体、先輩、新聞記者とか雑誌記者とかじゃないでしょ。四ヶ月前は、僕の方が話の流れを誤解して、先輩がフリーライターに転職したって思ったから、うっかり、……それに知らない仲でもないから、捜査情報を一部、漏らしちゃいましたけど」 「あれ? あの時、俺、言ったよ? 『今、調べてることがあって、ある事件と関わりがある。俺が世話になってる人に恩返しがしたい』って。自分がフリーライターだなんて、一言も言ってないけど?」 「確かに、その『世話になってる人』が、雑誌編集部の人でしたけど」 あの時は、佐溝氏殺しの事件と、掛け持ちになっていたから、いろいろ余裕がなく、どうかしていたと思う。もっとも、フリーライターだとしたら、案外、こちらが掴んでいないネタを持っているのではないか、という打算もあったと思うが。 「まあまあ」 と、苦笑してから、江崎はまじめな表情になった。 「今回は、情報提供、なんだ」 「情報提供?」 神経がその単語に集まるのがわかる。 「なんですか、それ?」 「俺が刑事やってた頃に、懇意にしていた者から聞いたんだが」 と、声を潜めるようにして、言い始めた。 「そいつ、興信所の職員なんだが、去年の十一月頃から、時々、ある人物の身辺調査や素行調査を依頼されていたらしい」 「ある人物?」 ギョウザを箸でつまむ。 「矢南徹明、というんだがな」 ギョウザを取り落とした。自分でも眉が動いたのがわかる。 「……で?」 ここで、江崎はコップの水を飲み、スプーンで杏仁豆腐をすくう。 そして、それを口に入れ、時間をかけて味わう。 じらすつもりらしい。なので。 「話し始めたら、最後まで話しましょうよ」 そう言ってみた。すると、意味深な笑みを浮かべた江崎は、再び話し始めた。 「その調査で、矢南は去年の春頃から、北海道の、ある女と親しくしていたことや、その女が地回りの女であることがわかった。そのことを、依頼主に話したそうだ。つい先月も、調査の依頼があり、矢南が北海道へ出張することもわかったんで、ついでに、それを伝えたそうだ。……矢南の住所はここ、上石津市だ。道警と合同で帳場が立つと思うが?」 事件の進展によっては(偶発的ではなく、計画的犯行であったなら、の話だが)、「矢南を殺害した犯人が、なぜ、矢南の行動を把握していたのか」についても調べることになるだろう。なら、それに繋がるかも知れない情報は、確認しておかなければならない。 「で、その依頼人って?」 「さあな。さすがにそこまでは。でも、警察なら聞き出せるんじゃないのか?」 「……先輩の『子飼い』だったんでしょ、その人。名前、聞いてるんじゃないんですか?」 その言葉に、江崎は笑う。 「いやいや、俺はもう刑事じゃない。そこまでは教えてもらえないよ。今回も、『警察に行きたいが、職務倫理上、許されない。だが、社会正義の観点からも、通報したい。だから、間に入ってくれないか?』ってことなんだ」 どうも疑わしい。ここまでの内容を聞いて依頼人の名前を聞かないのは、考えられないし、また、相手も話さない、ということも考えられない。 おそらく聞いてはいるが、立場上、話せない、といったところだろう。あくまでも情報提供者は、その興信所職員でなければならない。 「わかりました。じゃあ、その職員の名前とか……」 「ああ。それと、お前に聞きたいことがあるんだが」 来た。やっぱり来た。なにかあるんじゃないかとは思ったが。 「すみません、先輩、お話しできることは……」 「最後まで話せ、っつったの、お前だぞ?」 「……」 「今のとワンセットの話なんだ、俺にとっては」 「俺にとっては」。微妙な表現だ。だが、知らない仲ではないし、世話にもなった。情報も提供してもらった。さすがに「犯罪の目こぼし」や「捜査機密の漏洩」はできないが、信用のおける相手でもあるし、それほど無茶なことも言ってこないと思う。四ヶ月前の時も、江崎から尋ねられたのは「当時発生した、強盗事件の被害者が、今、どうしているか」だった。 一応、聞くだけ聞いて、まずい話だったら、断ればいい。 「わかりました。で、なんですか?」 「『帝星建設事件』での横領犯だが。今、どういうことになってるか、調べてもらえないか?」 奇妙なことを聞く、と思ったが、これぐらいは差し支えないだろう。しばらくしたら報道されるかも知れないし。 「それなら、今、わかりますよ」 と、国見は話した。
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