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作品名:帝都、貫く、浄魔の拳 作者:ジン 竜珠

第51回   弐の二十一
 午後零時十五分。「表向きの仕事」の区切りがついたので、本部を出て、車に乗り、出かけようとしたとき。
「江崎さん」
 施錠された本部の正門、その門扉のところに、一人の男がいる。
 年齢は江崎より十ほど年上だが、彼は江崎に対して恩義を感じており、常に敬語を使う。
「……新田さん? どうした?」
 駐車場から、正門の方へ向かう。
 新田と呼ばれた男……新田則孝(にった のりたか)は、門越しに一礼する。
「電話もせず、いきなり押しかけて、申し訳ありません。近くに来ることがあったものですから、そのまま、来てしまいました。……実は、ちょっとご相談したいことが……」
「相談?」
 一体、なんだろう。江崎と新田は、昔は仕事上のつきあいがあったが、江崎が前の仕事を辞めてからは、まったくの没交渉と言ってもよかった。それに、「相談」といわれても、今の江崎に何ができるか。
 新田は、江崎が近くに来ると、再び一礼して言った。
「午前中のニュース、ご覧になりましたか?」
「ニュース? ああ、見たけど? それが?」
 新田が何を言いたいのか、わからない。だが、表情がちょっと硬いところから、重大な何かであろうことは、想像がついた。なので、自然と江崎も緊張する。
 新田は、少し、息を整えるかのように、間を置き、そして言った。
「北海道で、矢南って人が殺されたニュース、ご存じですか?」

 時間が下がってしまった。
 午後二時四十分。国見は、遅い昼食を取るため、近くにあった中華料理店「明宝亭」に入ろうとした。その時。
「よう」
 自分に声をかけた者がいる。
 振り返ると、そこにいたのは。
「江崎先輩」
 かつて上石津署刑事課にいた先輩、江崎友直だった。彼は、事件解決だけでなく、「なぜ犯人がそんな事件を起こしてしまったのか」にも目を向け、再犯の防止にも傾注していた。刑事として、大事なことを教えてもらったように思う。三年前、犯人を追跡中に、事故に遭い、犯人を死なせ、自身も負傷した。犯人を死なせた引責、怪我の後遺症で左の膂力が極度に落ちてしまったこと。こういったことで、江崎は刑事を辞めた。今は、郷土文化の研究かなにかの仕事をしていると聞いた。まったくの畑違いだ。
「もしかして、これから、昼飯か?」
「ええ」
「そうか。よし! 久しぶりだ、おごってやるよ」
「え? いいですよ、そんな。それに、四ヶ月前にも会ったばかりじゃないですか」
 なんだか、笑顔が怪しい。気のせいかも知れないが、関わらない方がいいというのが、ひしひしと伝わる。だが。
「気にするなよ。俺は、事件関係者なんかじゃない。『饗応』とか『公務員への贈賄』には、ならないって」
「いや、そういう問題じゃなくて、ですね」
「まあまあ。ここは、顔が利くんだ。サービスしてもらえるからさ!」
 そう言いながら、笑顔で江崎は肩を叩いてくる。
 やはり、おかしい。なんかよくわからないが、グイグイと食い込んでくる。職業柄、新聞記者などに食い下がられることがあるが、その時の感覚に似たものがある。
「ささ、入ろうぜ!」
 江崎は国見の背中を押し、店の中に押し込んだ。


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