電気館で見た活動写真は、チャンバラだった。ある浪人がかつての上司から密命を指示されて、見事にやり遂げる内容だ。現実は映画のようにはうまく運ばないなあ。 外へ出ると、伊佐木が言った。 「活弁もいいなあ」 「活動弁士、て、お前……。帝都大學二部で勉強して、高等師範学校で歴史の教鞭を執るんじゃなかったのか? ……僕と同じように」 僕は、こっちの世界では「帝都大學二部で学んで、歴史の教師になるのが目標の書生」ってことになっている。というより、伊佐木のプロフィールが、一部、僕にコピーされたってことらしい。 ちなみに、「帝都大學二部」というのは、この「大正十二年界」では「中学を卒業したけれど、それ以上の上級学校には通っていない。でも、それと同等の学力がある者が入学できる過程」ということになっているらしい。 「いや、そうだけどさ。活弁も、教師も、人の前で、講釈をするわけだろ? そういうのが好きなんだよ、俺は。……そういえば、知ってっか? 『声色弁士(こわいろべんし)』なんてものが、あったんだぜ?」 「なんだ、それ?」 「お芝居を撮影した活動写真に、弁士が四、五人ついてな。それぞれが登場人物の絵に、声を当てるんだよ。若いのに、年寄りを演ったり、男なのに、女の役を演ったり。すごかったんだぜ、その演技力」 「ふうん。声優さんみたいなものか」 「セイユウサン? なんだ、それ?」 きょとんとなった伊佐木に、僕は慌てて言った。 「なんでもないなんでもない! 忘れてくれ!」 こっちの世界にない概念とか理論とか、果ては「単語」レベルのことでも持ち込むと、こちらの世界が「変質」するそうだ。そういったことが積み重なった結果、「浅草」は「麻草」に、「神田」は「缶田」に、そして、実際には存在しなかった「帝都タワー」なんていうものまで、ここに出現したらしい。 「ふうん。まあ、いいか。その声色弁士だけど、三、四年前までは、はやってたが、今じゃあ、あまり見ないんだ」 「なんで?」 顕空現界じゃあ、人気のお仕事だけどな? 溜息交じりに伊佐木は言った。 「『これからは、弁士不要の時代になる』ってことで、活動の映画も、変わってきてるんだ。一部だけど、『字幕』なんていうものが入った映画もあってさ。そのうち、本当に活弁、いなくなるんじゃねえかな?」 そう言ったときの伊佐木の表情は、どこかさびしそうだった。
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