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作品名:帝都、貫く、浄魔の拳 作者:ジン 竜珠

第46回   弐の十六
 顕空では七月十四日の金曜日、午前一時十五分だったんだ。
 冥空では八月二十三日木曜日、午後一時だった。
 気がつくと、帝都文明亭近くの裏通りにいた。とりあえず、表通りに出たところで、伊佐木と沢子さんに出会った。
「おう、救世」
 伊佐木がこっちに気づいて、歩いてくる。その後ろで、沢子さんが僕に会釈した。でも、沢子さんの表情は暗い。
「なあ、伊佐木、沢子さん、なんかあったのか?」
 小声で伊佐木に聞いてみると、チラと沢子さんを見てから、伊佐木は言った。
「おさわちゃんの友だちに、同郷の人で下田薫子さんって人がいるんだが、その人、この間、首をくくったそうなんだ」
「……えっ?」
 ちょっとした衝撃が僕の胸に突き刺さる。
「詳しいことはおさわちゃんにもわからないそうなんだけど、仕事で悩んでたらしい」
「仕事?」
「ああ。麻草にある『新巻珈琲(あらまきコーヒー)』っていうカフェだ」
 この間、梓川さんから、この時代のカフェには、風俗店として機能していたお店もあるって聞いた。ということは、男女間のもつれ、とかがあったんだろうか?
 気がつくと、沢子さんも近くに来ていた。
「薫子さん、小さい頃、私含めた近所の子どもたちと、一緒に遊んでくれてたんです。年はちょうど十(とお)離れてて、とても面倒見のいいお姉さんで、私が上京してからも、随分お世話になって……」
 思い出したのか、着物の袂(たもと)で目に浮いた涙をぬぐう。僕も、胸の奥に、何かが詰まったような、息苦しさを覚えた。
 沢子さんは、故人を悼むように続ける。
「私の故郷(くに)、山口の片田舎で、何にもないところで、お裁縫の道で身を立てたくて、上京して、右も左もわからない時に、偶然、道で出会って。松実(まつざね)屋さんで、ご奉公することは決まってたんですけど、それ以外のことは何にも、……知り合いもいなくて……」
「そうか」
 僕も、上石津市に来たときは、何もわからなかった。でも、今は情報もふんだんにあるし、どうにもならないっていう不安にさいなまれることは、あんまりないと思う。でも、この時代は……。
「……あれ?」
 今の会話で、なんか違和感を覚えた。なんだろう?
 しばらく考えていて、唐突に「それ」に思い至った僕は、話の腰を折るかも知れないとは思ったけど、聞いてみた。
「沢子さん。沢子さんの故郷って、確か、広島、だったよね?」
 以前、そんな話を聞いたような気がする。
「え?」
 と、沢子さんが、きょとんとなった。
「私、故郷(くに)は山口ですよ?」
「……」
 あれ? 僕の聞き違いだったかな?
 まあ、そんなこともあるか。


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