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作品名:帝都、貫く、浄魔の拳 作者:ジン 竜珠

第42回   弐の十二
 その言葉に、また一口、コーヒーを飲み下してから国見は答える、
「帝星建設、事業管理部、資金管理一課、資金調達係係長の佐溝充政(さこう みつまさ)氏が殺されたのは、そっちの事件の半月ぐらい前。参考人がいるには、いるんだが、そいつには、鉄壁のアリバイがあって、崩せそうにない。細々(こまごま)とした『何か』は集まってきてるんだが、そいつを繋げても、絵が出来上がらない」
 コーヒーで口を湿らせるまでもなかった。スラスラと出てくる。もっとも、愚痴以外の何ものでもないが。
 それから高田は仮眠室に入り、国見は顔を洗いに、給湯室へ向かった。
 顔を洗い、何となくこれまでの経緯を思い起こす。
 事件が発覚したのは、昨年十一月四日、金曜日、午後十一時過ぎ。被害者の名前は佐溝充政。帝星建設、事業管理部、資金管理一課、資金調達係係長だ。年齢は四十歳。この年齢で、この部署の係長というのは、この企業では、ある種、屈辱的なことであるらしい。昔は小金井・現事業管理部長(奇しくも石毛晴幸の元・義父だ)の娘といい仲だったらしいが、結局、破局したそうだ。その際、その娘、あるいは小金井部長の不興を買ってしまったから、その部署に回されたらしい、との噂が聞かれた。
 芯岳区の南西部に海水浴場があるが、そこで佐溝氏が倒れているところを、カップルが発見した。その時はまだ息があったそうで、佐溝氏は「やな」と言い残したらしい。また、佐溝氏の職場のデスクの上にメモが残されていた。
 それには「十時、海水浴場 SIL」とあった。
 この「SIL」がなんであるか、ダイイングメッセージといえる「やな」がなんであるか。捜査とともに、おおよそのことがつかめた。
 佐溝氏の交友関係の中に矢南徹明(やなみ てつあき)という人物がいる。市内在住、さらに市内に拠点を置くIT関係の会社で、経営戦略課長補佐をしている。大学時代の後輩だそうだが、佐溝氏は矢南に借金していた。死亡時点で四百万に上るという。
「SIL」だが。周辺人物の証言から、佐溝氏は何かを表現するのに、英単語の頭文字をとって略する癖があったらしい。その中に「IR」というのがあった。「I」は「ignore」、「R」は「red」。つまり「ignore red」で、佐溝氏は「赤字を無視しろ」という符牒にしていた。
 推測に過ぎないが、「SIL」の「I」は「ignore(無視する)」、「L」は「liabilities(負債)」、「S」は「sakou(佐溝)」で、つまるところ「佐溝は(矢南からの)負債を無視する」という意味ではなかったか?
 矢南に会って聴取したが、矢南は事件の前日から北海道へ出張に行っており、事件当夜は、地元の取引先との懇親会(の二次会)に参加していた。関係者の証言で、途中、午後十時十分頃から四十五分頃までの約三十五分間、中座していたらしいことがわかったが、本人曰く「散歩しながら、夜風に当たって、酔いを覚ましていた」とのこと。しかし、その間の彼を見た者は、いない。


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