「どうだ、これから昼メシ食って、麻草(あさくさ)の電気館の、活動へ行かないか?」 「麻草」というのは、顕空現界……現実世界の「浅草」に当たるそうだ。 伊佐木の言葉に、頷くと、僕たちはそれまでいた図書館を後にした。 前回の「八月十三日、月曜日」は、曇天だったそうだけど、今日は、突き抜けるような青空が見えている。凝視していると、空の彼方に墜ちてしまいそうだ。しばらく歩くと、一軒の洋食屋があった。「帝都文明亭(ていとぶんめいてい)」だ。大きくもなく、小さくもなく。テーブルが五つほど並んでいるぐらいの広さだったと思う。ここは、確か……。 「ここに入ろうぜ」 と、伊佐木が言ったので、 「ああ」 と、僕は答えた。こいつの魂胆は読めている。 二人して入ると、 「イラッシャイ!」 と、威勢のいい声がした。 店の大将が、現れた。身長は、僕と同じ、百七十センチぐらい。恰幅のいい人で、いつも笑顔だ。 「お、救世くん。今日、紫雲英(れんげ)ちゃんはお休みなんだよ」 紫雲英っていうのは、防衛隊での僕の先輩に当たる女の子だ。 「ええーッ!? そうなんスか!?」 僕より早く、伊佐木が反応した。 店の大将……宇多木(うたぎ)さんが、破顔する。 「紫雲英ちゃんの友だちの、そのまた、友だちだ。それに、書生さんなんだろ? この前言ったように、安くしといてやるよ。ちょっとだけ、な?」 「有り難うございますッ!!」 伊佐木が、笑顔になって、大げさなぐらい、頭を下げた。 席に着き、僕はオムライス(中身はタマネギとニンジンだけが具の、ケチャップライス)、伊佐木はカツレツを注文した。 「なあ、救世」 「なんだ?」 料理を待つ間、伊佐木が言った。 「この間は、聞きそびれたけど、結局、お前って、二人の女の子を両天秤にかけてんの?」 「……一応、聞いといてやる。どういう意味かな?」 こめかみに青筋が浮かびそうになるのを抑え、僕は言った。 「だからさ、あの『天夢』って女の子と、ここの紫雲英ちゃんっていう子のことだよ!」 こいつは、豪快な勘違いをしている。天夢ちゃんも紫雲英ちゃんも、二人とも「仕事仲間」であり、僕から見たら「先輩」以上じゃない。紫雲英ちゃんがここで、僕に「サービス」してくれるのも、顕空現界で、僕が彼女の実家である中華料理屋でバイトしたことがあって、そこのバイト代が、世間の相場よりも安いことを、彼女が申し訳なく思っているからなのだ。 本来ならやっちゃいけないけど、いわゆる「現物支給」でそれを補填しようとした事があった。でも、あいにく、僕は肉料理がダメときている。なので、せめて、冥空裏界でお詫びがしたい、と、そういうことなのだ。 「伊佐木。勘違いだと、まずは言っておく。二人とも、そういうんじゃない」 「ふうん」 と、伊佐木の目は、まだ疑わしげだ。 そうこうするうち、料理が運ばれてきた。 でも。 任務の失敗が尾を引いているんだろう、いつもなら美味しく感じる料理が、今日は、とても無味乾燥なものに思えた。
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