退院し、その番号へ電話すると、確かに佐之尾という人物に繋がった。不思議、というより他にない。あとで何かの折に偶然知ったが、意識不明時にも聴覚機能は、一部、働いていて、その時に聞いたことを無意識に覚えているらしい。だが、この携帯電話の番号は名刺にも記されておらず、紫雲英には知り得ないものだ。それがちゃんと存在して、しかも相手は事情を知っていた。 その後、父は中華料理チェーン店をやめた。詳しいことは知らないが、もしかすると紫雲英の自殺未遂が影響しているのかも知れないと思うと、申し訳なかった。 だが、奇妙なこともあった。名刺にあった上石津市で、父は中華料理店を開くことが決まったのだ。そもそも伊達家は、祖父の代から中華料理店を営んでいた。それが近所に大手のチェーン店が出店し、父の店は閉店することになった。そして、父は、そのチェーン店で働いていたのだが、いつかは店を再興するという願いを持っていた。 それが、思わぬ形で実現したのだ。 もっとも、紫雲英も転校することになったが。 なお、そのスポンサーは御苑生蓮一(みそのお れんいち)、テイボウのオーナーである。
「紫雲英ちゃん、トンカツ、上がったよ!」 帝都文明亭の店主・宇多木三之助(うたぎ さんのすけ)の声に、紫雲英は回想の時間から引き戻された。 紫雲英はそれを受け取り、テーブルへ運ぶ。ふと、窓の外を見ると、遠くに「帝都タワー」が見えた。今は、アレが出現してしまったきっかけは、自分だったろうと思う。だが、それでもその時は、地上百メートルほどの、てっぺんが細くなった台形のビルだった。アレが二百メートルの鉄塔になってしまったのは。 「浅黄さんだったッスよねえ、確か」 その場に居合わせたわけではないので、詳しくは知らないが、浅黄は帝都文化産業振興タワー、通称「帝都タワー」を見て「東京タワーみたいだ」と言い、「電波塔」だの、「三百メートル超え」だの言ってしまったらしい。その結果、帝都タワーは、あのようになってしまった。ただ、そもそもの前提である「テレビ放送」という概念がなかったので、「電波塔」という部分は反映されず「産業振興」目的の建物ということになっているが。 溜息をついたとき、店の扉が開いて、客が来店した。 「いらっしゃい! ……ああ、心さん、天夢ちゃん先輩、浅黄さん」 いつもの三人だった。 浅黄が言った。 「晩メシ、食いに来た」 近づき、紫雲英は言った。 「浅黄さん。言葉に気をつけてくださいよ? 変なメニュー、増やさないで欲しいッス」 その言葉に、浅黄が苦笑した。
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