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作品名:帝都、貫く、浄魔の拳 作者:ジン 竜珠

第37回   弐の七
 警官はそれを見送り、紫雲英に言った。
「君、名前は?」
 詰問するというのではない。優しい「質問」だった。
「伊達紫雲英(だて れんげ)といいます」
 その言葉に警官はしばらく紫雲英を見て何かを考えていたようだったが、不意に何かに気づいて言った。
「その手にあるモノは?」
 警官の視線に気づき、紫雲英は己の右手を見る。
 一挺の回転式弾倉の拳銃があった。
 驚いた。
 いつの間に自分はこんなモノを手にしたのか?
 慌てふためいていると、警官が言った。
「ここ、冥空裏界に来る者たちは、顕空現界で、計り知れないほど大きな後悔、あるいは『傷』を負ってしまった者たちが多い。そして、その中には『過去の傷』を消そうとする『力』や『武器』を手にする者もいる。君にその気があるなら、我らの元に来て欲しい」
 穏やかで優しい中にも、強い意志を秘めたような表情で、警官が言った。
「あなたのところ、へ……?」
「ああ。……自己紹介が遅れたね。私の名前は佐之尾常国(さのお ときくに)。帝都浄魔防衛隊に所属する者だ」
 その声に、不思議な使命感のようなものを感じた。
「君のことを待っている」
 そう言って、警官は、ある電話番号(携帯電話のものだった)を口にする。
 そして……。

 ここはどこだろう?
 無機質なタイル様の天井、薬品臭い空間。
「紫雲英! 気がついたか!!」
 その声に、目を動かすと、父と母、二人がいる。二人とも、泣きはらしたかのように、目が赤い。
 母が、鼻をすすりながら言った。
「丸二日、目を覚まさないから、どうなるかと……!」
 そのあとを父が続けた。
「お医者様が、このまま、昏睡状態になることも覚悟してくれって言うから……!」
 記憶が甦る。
 ビルの屋上から飛び降りて……。
 どうやら、自分は助かってしまったらしい。母の言葉では、たまたま近くに幌(ほろ)をかけたトラックが停まっており、その天井でバウンドして、近くの生け垣に突っ込んだらしい。左の腕を骨折していたが、それでも命に別状はない、とのこと。ただ、頭を打っており、場合によっては意識が戻らない可能性もあったらしい。
 なぜ、死ねなかったのだろう。
 そして、なぜ、意識不明のままにしてくれなかったのだろう。
 悔しさと、助かってしまったという「運の悪さ」で涙がにじむ。
 その時、病室に姉が入ってきた。
「紫雲英!」
 高二になる姉・紅葉(もみじ)が、駆け寄る。制服姿で鞄を提げているから、放課後、学校から直行したのだろう。ということは、今は夕方かも知れない。もしかしたら、学校へ行く前にここへ来たのかも知れないが、そんなことはどうでもいい。紅葉は無事を喜び、思い出したように言った。
「お父さん、そういえば、昨日の……」
 その言葉に、父も思い出したように言った。
「ああ、そうだった。紫雲英」
 そして、傍の机の上にあった名刺らしきものを見せる。
「お前に渡して欲しいと、男の人がこんなものを」
 それには、こう書いてあった。
「××県上石津市郷土文化歴史研究センター 所長 佐之尾常国 SANOO TOKIKUNI」
 名前に心当たりがあった。それに行き当たったとき、あの「街」での事が脳裏に甦る。かすかな衝撃が胸を貫いた。その名刺には、電話番号もあったが、その番号は「あの時」聞いたものとは違っている。というより、「あの時」聞いた番号が、しっかりと脳に刻み込まれているのがどこか不思議だった。


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