ここはどこだろう? 気がつくと、紫雲英はどこかの往来の真ん中にへたり込んでいた。 時刻はわからないが、どうやら、夕方であるらしい。そして、道行く人がみな、奇異な目で、紫雲英を見ては通り過ぎていた。 なんだろうと、自分を見る。 例のアニメのヒロインそっくりの服だった。ただ違うのは、そのヒロインのバトルコスチュームでは、ノースリーブのチャイナ服の色は白なのに、自分はピンクだった事、ヒロインの太ももの中程から脚を覆うのは緋袴(ひばかま)のようなもので、足には白い足袋であったのに、自分は黒いオーバーニーソックスに白いパンプスであった事。ヒロインの肩から先は巫女服のようであったのに、自分の場合、肘から先であった事。 よくわからない。 立ち上がり、周囲を確認するでもなく、眺める。 古めかしい建物が並ぶ。大通りのようであり、それなりに高い建物はあるが、一番高いものでも十五、六階建てのようだ。歩いている人の多くは着物姿。一瞬、映画か何かの撮影ではないかと思ったぐらいだ。 ふと、「東京タワーが見えない」と呟いた。紫雲英のことが気になったのだろう、近くに来ていた、若い女性が「え?」と首を傾げた。 「何です、それ?」 その言葉に振り返る。紫雲英の視線の先にいたのは、着物姿の若い女性。 「え? ああ、東京タワーが見えないな、と思って」 反射的に紫雲英は答えた。 「東京タワー?」 そこで、紫雲英は東京タワーについて、説明した。だが、彼女も正確な知識を持っているわけではない。なので、「観光なんかの産業の目玉」などというデタラメを(もっとも、その時はデタラメとは思っていなかったが)言ってしまった。直後、静電気のようなものが周囲を走るのがわかった。 痛かったが、それより何より、なぜか「とんでもないことを言ってしまった」という気持ちがわき起こる。それがなんなのか、突き止めるより早く、女性が言った。 「あなた、随分と奇妙な格好をしていらっしゃいますけど、お仕事は?」 仕事、というものはない。しいて言えば、「中学生」だろうか? あるいは、父が勤める中華料理チェーン店のアルバイトか。だから、 「料理屋で手伝いを」 などと答えていると、誰かが、こちらに来るのがわかった。明らかに紫雲英を目指している。そして、その人物が紫雲英に言った。 「ちょっとお話を伺えるかな?」 精悍な顔つきの男性で、警察官のような(といっても、「お巡りさん」が着用するものよりも、階級が上、のような気がした)服を着ている。だが、怖くはない。今も、笑顔だ。 女性は、警官が来たので自分は用済みと思ったのか、穏やかな笑顔で紫雲英に言った。 「私、この先の『松実屋(まつざねや)』っていう呉服店で住み込みの奉公をしている、細川沢子(ほそかわ さわこ)っていいます。何か、困ったことがあったら、たずねていらっしゃいな。私も、そんなに力には、なれないけれど」 どうやら、この女性は、紫雲英が何か、困りごとに陥っている、と思ったらしい。ひょっとしたら、自分はそのような表情でもしていたのだろうか? サワコと名乗った女性は、警官に一礼し、去って行った。
|
|