顕空では七月九日、日曜日の午後十一時半だったんだ。 それが、冥空……大正十二年界へ行ってみると、八月八日・木曜日の夕方だった。確か、前、巻き戻ったときは、八月十三日だったけど。 この辺は、もう気にしない事にした。 僕がいるのは、大通りからちょっと外れた通り。この辺りは不案内なところだ。どこになるのか、ちょっと見当が付かない。どの辺りだろうと、歩いていると。 「?」 今、なんか、悲鳴が聞こえたような? 僕は、声がしたと思しき方へ、、小走りで駆けていった。すると。 曲がり角から、何人もの人たちが駆けてくる。そのうちの一人、着物姿の女の人が転んだ。 「大丈夫ですか!?」 慌てて駆け寄り、抱き起こすと、細川沢子さんだった。 「沢子さん!?」 驚いた僕の声に、ホッとしたような、それでも混乱しているような、何だかわからないような息を何度も漏らして、沢子さんが言った。 「ああ、心さん!! 私、旦那様の言いつけで、三丁目の小西様のお宅に、掛け売りのお代金を頂戴に上がったら、途中の道で……!」 そして、振り返る。僕は、沢子さんを起こし、角から、そっと通りを見る。 その通りは、車道ではなく、.歩道。両側は民家が並ぶ、いわゆる住宅街だ。そして、百メートルぐらい先だろうか、黒いバスケットボール大の丸いモノから、二本の太い、黒い腕のようなものが生えた、何かが、宙に浮いていた。ちなみにその腕、肘関節みたいなものは二つあって、要するに、人間の腕じゃない。 「……なんだ、あれ?」 呟いた僕に答えたのは。 「禍津邪妄(まがつじゃもう)です!」 振り返ると、天夢(あむ)ちゃんだった。そして、一緒にいるのは、浅黄比呂樹(あさぎ ひろき)さん、梓川貴織(あずさがわ きおり)さん。梓川さんが、沢子さんに何か言うと、頷いて、沢子さんが、頷き、駆けて行った。時折、近くの人に「遠くに逃げるように」なんてことを言ってる。おそらく梓川さんが指示したんだろう。 浅黄さんが、僕の隣に来た。 「俺は、『今朝』、ここに来たんだ。で、今日、仕事帰りにこの近くのビアホールへ行こうと思っていたら」 そのあとを、着物姿の梓川さんが言った。 「あたしもね、そこで、比呂さんにバッタリ出会ったから、ご相伴にあずかろうと思ってたんだけど」 浅黄さんが「オゴるとは言ってねえ」と、ボソッと言ったけど、聞いてないように梓川さんは言った。 「いきなり悲鳴とか聞こえて、来てみたの」 「あたしは、気がついたら、ここに」 と、天夢ちゃん。どうやら、天夢ちゃんは、僕と同じ状況だったらしい。 「あれは、『力』で押し通るって、ヤツかな?」 浅黄さんが言う。
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