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作品名:帝都、貫く、浄魔の拳 作者:ジン 竜珠

第30回   壱の二十八
 七月九日、日曜日。
 意識不明で入院していた村嶋さん、合崎さんが退院するというのを、結城さんが、昨日の定例会議で話していた。
 僕がこの病院に来る意味も、義務もない。でも、ああいう異常な形で関わってしまうと、やっぱり気になるんだ。
 エントランスの前でそれとなく見ていると、二人が出てきた。村嶋さんは、合崎さんに肩を貸しながら、ゆっくり歩いている。
 どうやら冥空裏界で受けたダメージは、こちらでは残らないらしい。それにほっとし、帰ろうとしたとき、二人がこっちを見た。そして、明らかに、僕を睨む。
 まさか、向こうでの事、覚えてる、とか?
 合崎さんを待たせ、村嶋さんがこっちに来た。そして、低くすごみのある声で言った。
「よお、正義の味方。いい気分だろ?」
 やっぱり僕の事がわかるみたいだ。
 だとしたら、とぼけるのはどうだろう? でも、どう受けていいのか、わからない。
 僕が無言でいると、村嶋さんが言った。
「お前が何者かわからないが、人を助けて、さぞ、いい気分なんだろうなあ。その代わり、俺たちは、いい夢を見損ねた」
 とりあえず、僕は言っておくことにした。もちろん、相手の神経を逆なでにしないように、細心の注意を払って。
「でも、あのままだと、意識不明のまま、衰弱して、いずれは死ぬかも知れないってことでしたし、それに、犯罪、でしたし……」
「それでよかったんだよ!」
 大声じゃないけど、お腹に響くような声で、村嶋さんが言った。
「あのまま死ねるんなら、それでもよかったんだ!」
「で、でも! 生きていれば、きっといいことが……」
「おい」
 と、村嶋さんが、ものすごい目で、僕を睨んだ。ちょっと怖かった。
「青っチョロい事、言ってんじゃねえぞ、苦労知らずの若造が! 俺たちにとっちゃあな、明日の正義より、今日のメシなんだよ!」
 言葉が僕の胸に突き刺さる。
「村嶋さん、放っとけ、そんなヤツ。それより。……今日は、炊き出しの日だ」
 合崎さんの言葉を聞き、村嶋さんが、もう一度、僕を睨んで、去って行った。
 ゆっくり歩いて行く二人を、ただ呆然とみていると、
「救世」
 と、背後から声がした。振り返ると、そこにいたのは佐之尾(さのお)主頭(チーフ)だった。主頭は四十代半ばの人。精悍な顔つきの人で、立っているだけで、威厳が漂ってくる。
 主頭は二人の方を見てる。その目には哀れみともさげすみとも違う、複雑な色があった。
「救世。俺たちがする事は、十人のうち、九人を救う事だ。だが、それは言い換えると」
 そして、僕を見る。
「一人を見捨てる事だ。そこを忘れるな」
 言葉が、重くのしかかる。主頭は、そのまま、病院へ入っていった。一緒に来ていたらしい無精ひげの、四十代前半の男性……面河(おもご)さんが言った。
「なあ、救世。十人全員を救えれば、それが一番いい。だが、なかなかに難しい」
 そして、ニヤリとする。
「だがな。人間、必ず救われるし、救われなきゃならん。その道を探すのも、テイボウの役割だ。俺はそう思ってる」
 面河さんが、僕の頭に手を置き、髪をくしゃくしゃにする。
「まあ、理想論でしかないがな。だが、ただ単に『しなけりゃならないから』とか、『使命だから』ってだけで、理想を追求しなかったら、それは、ただの『作業』だ。救世、お前がするのは、一体なんだ? お前が授かったお役は、一体、なんだ? よーっく、考えろ」
 そして、主頭の後に続くようにして、病院に入っていった。
 残された僕は。
 胸の中に、なんだかわからない嵐のようなものが渦巻いていた。


(壱「帝都、詐欺師横行の始末」・了)


壱のあとがき


 一部のキャスティングは、勝手ながら、以下のようにイメージさせていただきました。

・佐之尾常国(さのお ときくに)主頭……高杉亘氏。
・江崎友直(えざき ともなお)副頭……羽場裕一氏。
・面河児朗(おもご じろう)……渡辺いっけい氏。

 なんか、いろいろ申し訳ございません。あらかじめ、お詫び申し上げておきます。

※当初は、化神教による猟奇殺人もテーマに入っていました。化神教に疑問を抱いた信者を殺害し、その皮を剥いで生皮だけ残し、いわく「彼の者は人の身を脱皮し、今、神への一歩を歩み出した! 我を信じよ!」とか。さすがに「そんなん、信じる人、いねーわなあ」ってことで。あと、壱のテーマを「詐欺」に絞ったりしたので。
 なお、壱の十八の「電報為替詐欺」について。偽電詐欺といいます。手口としては、特殊詐欺とほぼ同じ。中には、郵便局の電信機を細工して、偽の送金電報を発信し、金銭を詐取した者もいたとか。


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