僕を起こしたのは、鳥のさえずりでも、日射しでもなく、友の声と無遠慮な揺さぶりだった。 「おい、救世。起きろよ」 起き上がり、辺りを見回す。そして、僕を起こした張本人……伊佐木誠吉(いさき せいきち)の姿をみとめた。僕がうつぶして頭を置いていた机の横に、立っている。白い着物に、紺袴。いわゆる「書生(しょせい)」だ。そして、僕も、青い着物にねずみ色の袴をはいている。つまりは、僕も「書生」なわけだ。 「ああ、伊佐木か。……今、何時……。ていうか、今日は何日だっけ?」 「おいおい、寝ぼけるなよ」 と、呆れながら、伊佐木は、傍の椅子を引きずってきて、それに座る。 「今日は、八月十三日の、月曜日だぞ?」 「大正十二年、だよな?」 「……お前、本当に大丈夫?」 伊佐木が、本当に不安げな表情で、僕を見る。 それに適当に「大丈夫」と答えておいてから、僕は、改めて、周囲を見た。 どうやら、「大空震」で、滅びた後、この世界……冥空裏界の一部である、「大正十二年界」は、即、再生されたらしい。ということは、まだ、猶予があるってことか。 でも、それが、どの程度のものか、わからない。もしかすると、あと一度でも大空震が起きると、壊滅的なことになるのかもしれない。 そう、僕は、この「帝都」を護れなかった。それは、つまり、東京を、日本を護れなかったってことでもある。 僕は、自分の力不足に絶望した。もし僕が大淫婦の力を抑える事が出来てたら、トホカミ結界の力に封じられて大空震が起こる事はなく、無事に九月一日を迎えた後、再び八月の初め頃に巻き戻ったはずなのだ。 「おい、聞いてる? さっきから、惚(ほう)けてて、変だぞ、お前?」 伊佐木の声に我に返ると、僕は首を横に振って答えた。 「ああ。だ、大丈夫。まだ、ちょっと寝ぼけてるみたいだ」 「しっかりしてくれよ? 漱石を気取るわけじゃないが、本の上にヨダレを垂らしてもいいのは、『吾輩』のご主人さまだけだぜ?」 その言葉に、机の上を見ると、何かの本が開かれていて、僕はその上に突っ伏していたらしい。ページの一部に、水のようなものでしわが寄っていた。 その時、正午を知らせる大砲が轟いた。
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