ディザイアは倒せた。天夢は、周囲を確認する。大淫婦も、ケルベロスも、現れる様子はない。どうやら、今回は、大空震の元は出現しないようだ。これまでの経験だが、大淫婦どもは、毎回、現れるわけではないらしい。 なんとか、歪みは最小限に留める事が出来たようだ。その代わり、魔災の種を掴む事も出来なかったが。 屋根の上にいる救世に声をかける。 「とりあえず、帰りましょうか」 「帰るって、どこへ?」 そんな救世の言葉に、天夢は答えた。 「まだ、顕空へ帰る『刻』ではないようですから、こっちの家に、です。『明日』が、八月の何日になるかわかりませんけど」 時間が巻き戻るのは確実だが、何日になるかは、わからない。全くランダムで、一日のこともあったし、この間のように中旬の事もある。法則性が見いだせない。 剣を「しま」おうとしたとき、強烈な殺気が降ってくるのを感じた。ほとんど反射的に、剣で、殺気の来る方を防御する。金属音とともに大きな加重がかかる。 『チッ』 舌打ちがして、加重が跳びのく。 それは、刀を構えた、黒い鎧兜の影。その鎧のデザインは、どこかSF映画のようであった。 影が言った。 『私の来るのが、もっと早ければ、このようなことには、ならなかったのに……!』 電子音じみた声だったが、それには、深い悲哀と後悔がにじんでいるように感じられてならなかった。 不意に、異様な気配がした。その方を見ると、蜘蛛の残骸が転がっていた辺りから、十センチほどの黒い球体が現れ、天に昇っていくところだった。 直感的に、まずい、と思った。アレが何かわからないが、魔災と関係があるように感じる。剣で斬ろうとしたとき、鎧武者が刀を打ち込んできた。咄嗟にそれを防ぐと、球体が上っていくのが、視界の端に見えた。 「救世さん、あの黒い球、破壊してください!」 叫ぶと、救世も何かを感じていたらしい、その球に向かって行った。しかし。 何かが飛んできて、救世を蹴り飛ばした。地上に激突した救世だが、「ヨロイ」のおかげか、無傷のようだ。 大事なかった事にホッとしたとき、口笛のようなものが聞こえた。鎧武者がその方を見た。 『タイコウゴウ様、タイコウヒ様!』 そう言って、武者が天夢から離れた。 武者が撤退した、ある家屋の屋根の上にいたのは、二人の女。一人は足首まである長い髪で、白い着物姿の美女、もう一人は短めの髪で黒い着物姿の、やはり美女。いずれの女も美しい事に違いはないが、それには、どこか昏(くら)さがあった。 武者は二人の女の傍で、片膝を突き、侍っているように見える。 長髪の女は、手に、あの黒球を持っていた。 そして、二人の女が、こちらを見て、挑戦とも嘲笑ともとれる、不敵な笑みを浮かべた。 剣を構えると、女たちの影は、かすむように消えていった。 「天夢ちゃん、今の連中は……?」 救世の言葉に、 「……わかりません。何者なんでしょう?」 そう答える事しか出来なかった。
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