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作品名:帝都、貫く、浄魔の拳 作者:ジン 竜珠

第283回   後日譚、九月某日。・二
 平田古書では、基本的に持ち込みのみを買い取り対象にしてるんだ。でも、今回、古くからのお馴染みさんの依頼ということで、特別に出張査定をすることになった。数が多くて、重いし、貴重なものだからってことだった。でも、急に面河さんに用事が入ってしまい、とりあえず、古書の写真とデータの記録だけをとろうってことで、僕が来たんだ。この記録資料を基に、面河さんが見当をつけておくってことになった。
 で、出発しようって時に天夢ちゃんが来て、行き先の地理が大体わかるってことだったから、彼女に道案内を頼んだんだ。大雑把な地図はネットから出しておいたけど、やっぱり不安だったからね。助かったよ。
「……えっと? 天夢ちゃん?」
 彼女は、僕が写真とかデータの記録を取っている間、近くのコンビニにいるってことだったんで、終わったあとそのコンビニに行ってみたんだけど、彼女の姿はなくて。だから、ここに来る時に利用したバス停かな、って思ったけど。
「どこへ行ったのかな? どこかで行き違った、とか?」
 どうしよう、携帯で連絡してみようか。それとも、もうちょっと待ってみようか?
 そう思った時、なんか、妙なものを感じた。最近になって僕の方の感性も磨かれてきたみたいで、大体わかる。これは、何らかの「力場の揺らぎ」だ。ただ、どういう種類か、まではわからないけど。
 警戒しながら、僕は周囲を見渡した。しばらくして、民家の間にある狭い路地から、天夢ちゃんが出てきた。
「!? 救世さん!?」
 なんだろう、彼女、ものすごくビックリしてる。まあ、いいか。それより。
「ねえ、天夢ちゃん、さっき、妙な力場の揺らぎがあったけど……」
「え? あ、ああ、それなら、たいしたことありません! 気にするほどのことじゃありませんから!!」
 ? なんだろう、彼女、焦ってないか? っていうか。
「天夢ちゃん、顔、真っ赤だけど、どうしたの? 熱でもあるの?」
 夕陽のせいじゃない。彼女の顔、明らかに赤い。
「え? そ、そうですか? 気のせいじゃないですかね!?」
 ……なんだろう、彼女、さっきから妙に落ち着かない感じだけど?
「さ、さあ、帰りましょ、救世さん!」
 なんだか、あたふた、って感じで、天夢ちゃんは言った。そして、僕のそばに来たけど。なんか、僕は違和感を覚えた。そして、その違和感の正体はすぐにわかった。
「ねえ、天夢ちゃん。ブラウスのボタン、掛け違えてるよ?」
 彼女が着ているブラウス、一番上のボタン穴が、開いてて、ボタンを掛け違えているのがわかる。
「え!?」
 と、天夢ちゃんはまたビックリして、ブラウスに触れ、慌てたように言った。
「きょ、今日、部活があって、着替えた時に、掛け違えたんです!! きっとそうです!!」
「……そ、そう? なんか、そんな力一杯、言うようなことじゃないと思うけど?」
 彼女の勢いに面食らっている僕に気づいたか、天夢ちゃんはトーンダウンしたように言った。
「す、すみません。……あの」
「なに?」
「あたし、救世さんのこと、好きです」
 前から言われてるけど、言われるたびに、恥ずかしくなるなあ。
「う、うん。ありがとう」
「それで、ですね。その……あの……」
 なんか、歯切れが悪いなあ、って思っていたら、不意に天夢ちゃんのスカートからメロディが鳴った。彼女の携帯の着信音だろう、何度か聞いたことがある。これは、メール着信の時のものだ。
「すみません」と言ってから、天夢ちゃんはスカートのポケットから携帯を出し、画面を操作して。
「……!?」
 なんだろう? 天夢ちゃん、耳まで、真っ赤になってる? ちょっとして。
 彼女、僕を見上げて言った。
「あたし、救世さんのこと、好きです! でも、その、あたし、そんなに強い子じゃなくて、流されやすいっていうか、そういうところがあるっていうか! でも、あたしが好きな『男の人』は、救世さんだけですから!」
「? う、うん、ありがとう……?」
 彼女が何を言いたいのか、さっぱりわからない。

 新がいるのは、民家の間の狭い路地を通った先にある、小径(こみち)。この道沿いに、小さな空き地があって、今の時間は、人通りもなく、また、ひと二人ぐらいなら身を隠せるだけの、背の高い草も繁茂している。
 結界を解いて、時間差で出て行こうと思ったら、天夢のそばに救世心がいた。「この、お邪魔虫」と思ったが、出て行くのは控え、メールを送ることにした。文を打ち終え、確認する。ふと、民家の影からのぞくと、二人はバス停のところで何か、お喋りをしていた。
 まあ、いい。メールなら天夢のみが読む。新は送信ボタンをタップした。

 ボクのamoureux。さっきはとってもステキだったよ。ありがとう。今度は、もっとゆっくりと、二人だけの時間を過ごそう。二人して、甘く溶け合おう。ボクはamoureuxと、amoureuxはボクと、一つに溶け合うんだ。それはとても甘美でステキな時間。また、連絡するよ。


(後日譚、九月某日。・了)


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