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作品名:帝都、貫く、浄魔の拳 作者:ジン 竜珠

第279回   結「明日へ」の一
 八月二十日、日曜日。
 そろそろ正午だ。
 桑原礼子は、最後のボランティアに参加していた。
 帝星建設と土原満武県議会議員との癒着、さらに、それを仕掛けたのが礼子の父・桑原俊行・帝星建設人事部長だったことが明るみに出て、日常がたいへんなことになった。
 大学を辞めることはない、と周囲から言われたが、居心地が悪く、木曜日から通っていない。
 そして、こんな自分がボランティアに参加する資格はないだろう、と思い、脱会の意思も伝えた。
 遺留されたが、自分がいることで、「レッドリング」という団体まで、悪く言われるのは、申し訳が立たない。
 おむすびの入った使い捨てのプラスチック容器を詰めた、番重(ばんじゅう)を、折りたたみの長机の上に置く。
 その時、見覚えのある姿が目に入った。その人物は、足を引きずった男性に近寄る。会話が耳に入った。
「合崎さん」
「……村嶋さん。久しぶりだね。元気そうで何よりだ」
「ああ。なんとかね」
 と、村嶋は、近況を話す。
 ところどころ、礼子の知らない固有名詞などが出てくるので、完全に理解できないが、どうやら、村嶋は再スタートを切ったらしい。そして。
「合崎さん。実は、向こうで、ちっちゃな工務店だけど、始めることになったんだ。俺がやるんじゃなくて、あくまで手伝いっていう立場なんだけど。よかったら、合崎さんの技術(うで)を貸してくれないか?」
「え? でも、俺は、この脚だし……」
 合崎には、かつての投身自殺未遂による、脚の損傷、その後遺障害がある。
「近くに、いい医者がいるんだ。合崎さんのことを話したら、『自分のところで診たい』って言ってくれて。……石毛建設設計が倒れたばっかりに、あなたにまで、迷惑をかけた。石毛社長にかわって、あなたに、償いをしたい」
「いらないよ、償いとか」
「そうは、いかない」
 と、村嶋は強い意志を込めて言った。
「そもそも石毛建設が抱えた負債は、帝星建設から押しつけられたものだ。そのことは、警察に話したし、立件もされる! でも、結果として、そのせいで合崎電業は潰れたんだ! 道義的に、いや、人として、責任を取らなければならない!」
 その言葉に、合崎は何を思うか。
「合崎さん、頼む! 俺の顔を立てると思って! 実は、もう向こうに話をしてあるんだよ」
 頭を下げる村嶋を見ながら、合崎も頭を下げる。小さな声で「ありがとう」と、何度も言いながら。
 それを見て、礼子も、安堵の息を漏らした。少なくとも、救われる人が、ここにいる。自分が何をしたわけではないが、自分の父が不幸にしてしまった人が、こうして、再生への道を歩もうとしている。
 それを見ることができただけでも、今日、ここに来てよかった。
 そう思いながら、次の番重を運ぼうとしたとき。
「礼ちゃん!」
 声がした方を見ると、ここでの「常連」の人たち。二十人以上はいるだろうか。
 みんなが口々に言った。
「がんばれよ、礼ちゃん!」
「俺たち、全員、味方だからな」
「金も力も、コネも、なーんにもないけどよ」
 と、その男は胸を叩いた。
「心意気だけは、あるからさ! いつでも、頼ってくれよ!」
「おうよ! 礼ちゃんのことを悪く言う奴がいたら、すぐに知らせな。そいつのこと、ブン殴ってやるからよ!」
 みんな、口々に、そんな言葉をかけてくる。
「皆さん……。ありがとう、本当にありがとう……」
 涙が溢れてきた。これまで、自分は、「誰かを助けたい」と思っていた。そう思って、活動してきた。
 そして、今度は、自分が助けられている。
 世界を動かすのは、人の善意なのだ。
 礼子は、今、それを強く心に刻んでいた。


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