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作品名:帝都、貫く、浄魔の拳 作者:ジン 竜珠

第277回   終結の部の四十三
「そうか」
 と、僕は言った。
「だから、エネルギーが、結界の本体である満月に向けられたんだ」
 僕があの時感じたのは、「満月に巨大犬と九本首の龍の本体がある」だった。
 頷いて、白倉さんが続ける。
「エネルギーは蓄積し、キミは八岐大蛇に、防衛の念は、同じ番犬だけど、一体の怪物が使役する程度の、オルトロスになった。ここで、キミは、こちらへ、大きく干渉する力を得た。佐之尾さんから聞いたけど、『滝陽華』って、いきなり現れてるんだよね。突然、現れたのに、以前からいたことになってる。ディザイアそのものじゃないか。そして、猿太閤の欲念を吸収し、ついにキミは本体の九尾の狐の力を取り戻した。でも」
 と、白倉さんが僕を見た。
「反作用のように、防衛の念も強くなった。それを、彼が、結界にぶつけた。結界の中でキミが蓄えたエネルギーは、解放ではなく、封印へと反転した。反転した理由は……。わかるよね?」
 女は答えない。代わりに、天夢ちゃんが勝ち気な笑みで言った。
「誰だって、大災害なんて、ゴメンだもの!」
 女が歯がみをする。
「多くの人の想い、堪えたろうねえ。何せ、これまで蓄えてきた力が、全て、キミを封じる方向へ働いたんだもの。例えるなら、時間をかけて手なずけた百人の見知らぬ人たちが、一気に敵になって攻めてきたようなものだから」
 前から思ってたけど、ほんと、白倉さんって、頭の回転が速いなあ。この短い時間で、ここまで見透すなんて。
 女が、鼻で嗤った。
「フン。なんとでも言うがいい。だが、我を倒すのは不可能だぞ? 人の欲に終わりはない。いくらでも舞い戻ってくれるわ。それに、お前らの言う『魔災』とやらも、結局は起こらずじまい。いつ起こるやら、わからぬ」
 と、女は負け惜しみには見えない、邪悪な笑いを顔に貼りつける。そして、僕たちを倒そうと、気を高める。
 僕は、天夢ちゃんを見た。天夢ちゃんが頷き、僕は、彼女から離れる。そして、静かに意識を集中する。残る二つの太極図、この力が、こいつに引導を渡す。
 女の表情が強ばる。わかったらしい、僕から噴き上がる氣の力、使う力の正体が。
 白倉さんも驚いた表情をしている。
「なんで、キミがそれを、使えるんだい? ボクもまだ、伝授されてないのに!?」
 僕は力を解放した。八本の柱に、それぞれ、文字のような記号のようなものが、輝く。
「この咒字は……! ボクも、秘伝書を一部しか見せてもらってないけど、その中にも、こんなものは……!」
 驚愕の表情で、白倉さんは僕を見ているけど、説明している余裕はない。
 そして、女が片膝立ちになっている円盤石にも、光る文字が浮かぶ。
 僕は気合いを込めて、キーワードを唱えた。
「天地に十字あり!」
 女……金毛九尾の頭上、五メートルぐらいのところに、複雑な記号が光る。そして。
「滅!」
 その言葉とともに、柱で囲われた空間内に七色の光が満ちる。かすかに女のシルエットが、見えた。そして、女の絶叫が轟いた。
「キサマらァァァァァ!! 覚えていろッ! 忘れるなッ! 十年経とうと百年経とうと、我は必ず自由となる!! 必ずだッ!! その時、この人間界、我の思うがままに擾乱(じょうらん)してくれようぞォォォォ!!」
「……無理だよ。だって、お前が行く先は……」
 僕は八陣の外周にある記号を反時計回りに回転させていく。
「『因縁』の時間だから。お前は、すべての『始まり』の時間に戻るんだ」
 そして、僕は天夢ちゃん、白倉さんを見る。
「今から僕がすることは、大正十二年界を完全に消滅させることだ。そんなことをすれば、今、こいつも言ったように、魔災の種を潰せなくなる。でも、こいつは……こいつの『意志』『欲念』は、大空震のヒビのように、あの世界にしっかりと根を張っている。だから、この先、第二第三の、こいつのような奴が現れないとも限らない」
「救世さんが決めたことなら、あたしは、それを信じます!」
「先人たちの苦労を思うと、釈然としないけれど。でもそのせいで、ディザイアが生まれ続け、歪みが加速度的に蓄積するよりは、マシかも知れないね」
 二人とも、笑顔だ。
 だから、僕は。
「すべては、あるがままに。そのようにあり、そのようになるために、ねじ曲げられた因果を、あるべき形へと……」
 念を込めた。
 光の中で、女の影が崩れ、天へ昇っていく。
 絶叫の声が甲高くなり、ただの音になり、そして。
 光が収まったとき、まるではじめから何もなかったような、静寂と、陽光の時間が戻ってきた。


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