八月十三日、日曜日。 国見は、帝星建設秘書室付き・運転手の阿良川夏彦を、取り調べ室に呼び出していた。 時刻は午前九時。 阿良川はニヤついて、辺りを見渡して言った。 「俺、なんで、ここに呼ばれたんですか、刑事さん?」 余裕の態度だ。どうやら、場数を踏んで、ある程度、胴が据わっているらしい。国見が直接携わった事件ではないが、この男、かつて反社会組織にいて、それなりのことをしてきたから、刑事のことを見くびっているのだろう。 「阿良川さん」 と、一応、低姿勢で言ってみる。 「今週の月曜日、野々見にある森林公園で、奥坂さんという人が殺されました」 「ああ、なんか、そんな感じのニュース、見た覚えがありますねえ」 余裕の態度だ。 「その時、現場から逃走した車がありましてね。ナンバープレートが汚れていたんですが、かえって、それが目印になって、Nシステムによるチェックが容易だったんです」 と、国見は一枚の写真を見せる。 「ここに映ってる、運転者、あなたですよね? 同じ車種の車、あなた、持ってらっしゃるし」 その写真を見て、阿良川は鼻で嗤って言った。 「確かに、こりゃあ、似てる! 俺、そっくりだ! それに、同じ車だ。いやあ、偶然てのは、恐ろしいですねえ、刑事さん! それとも」 と、荒川が身を乗り出す。 「これが、俺だっていう、証拠でも?」 口元に浮かぶ笑いは、自分が絶対にパクられることはない、という自信。 確かに、確証はない。目撃者の証言を元に、周辺の防犯カメラ、Nシステムを入念にチェックし、追跡した。その労力は並大抵のものではない。 それをあざ笑うような阿良川の態度に、本気でブン殴ってやろうとも思ったが、いわれれば、これが証拠になるというわけでもなかった。その車から阿良川が降りた、という画像は、どこにもなかったのだ。 「阿良川さん。七日の午前十時から十一時の間、何をしていらっしゃいましたか?」 「その日は……。ああ、体調が悪かったんで、会社休んで、家で寝てましたねえ」 「どなたか証明できる方は?」 「あいにく、一人暮らしでして」 と、阿良川はまた軽く笑う。 そう言うだろうと、思った。 普通に生活する分に、「○時○分に、○○で○○をしていた」などと、明確に証明できる人間など、あまりいない。だから「家で、一人で寝ていた」と言われたら、それを証明することも、そして同時に否定することも難しい。犯行時刻、事件現場にいた、という明確な証拠を突きつけるしかないのだ。 特にこのような輩には、「善意に訴える」ということは、一切通用しない。そもそも「罪の意識」というものすら、抱くことはないだろう。 国見は、次の手を出す。 「先週の土曜日、中埜石市の、奥坂さんの住まいの付近で、奥坂さんのことを調べていた男がいたそうです。あなたによく似ていたそうですよ?」 「へえ。世の中に、自分に似た人間が、三人いるとか四人いるとかいいますが。驚きましたねえ」 まったく動じる風はない。
|
|