八月十五日の火曜日。ここでのバイトを終えた。午後シフトの人との引き継ぎをするため、休憩室へ行こうとすると。 「救世くん」 と、僕を呼び止める声に振り向くと、そこにいたのは。 「……富士岡さん……」 富士岡さんは、まるで憑きものが落ちたような、穏やかな笑みを浮かべていた。 なんか、「あっち」での事に関係ある話になりそうだったんで、生田さんに先に休憩室へ行ってもらった。 「どうかしましたか?」 今の富士岡さんからは、敵意は微塵も感じられない。 富士岡さんは上着の内ポケットから、一通の封筒を出した。その表には「進退伺い」と書いてある。 「富士岡さん……!」 驚愕の思いで富士岡さんを見ると、富士岡さんは変わらぬ穏やかな笑みで頷いた。 「前から考えていたことだったんだ。でも、決心がつかなくて、ずるずると今日まで来てしまった。ありがとう、君のおかげだ」 「いや、ここまですることは……!」 何も辞める事はないんじゃ、と言いかけた僕を制すると、富士岡さんは言った。 「君には責任はない。これは、僕が自分で決断したことだから。もちろん、これで『償い』になるとは思ってない。でも、けじめには、なる。詳しくは言わないけど、僕には、もう一つ、『罪』があるんだ」 「罪?」 「うん。近いうちに、テレビとか新聞とかで、大騒ぎになると思うよ?」 そして、目を伏せる。 「これによって、また、たくさんの人が不幸になると思うけど。でも、黙っていることの方が、もっと罪が、関わった人の罪も重くなると思うから」 よくわからないけど。これが、この人の意志なら。 僕は、それを尊重しないとならない。 だから。 「そうですか。僕なんかが偉そうなことは言えないけど」 一呼吸を止め、僕は言った。 「あなたが決めたことなら、きっと、正しいことだと思います」 その言葉に、どんな思いが乗っていたか、僕自身にもわからない。 富士岡さんは、また柔らかい笑顔を浮かべて頷いた。 「ありがとう、救世くん。君に会えて、よかった」
C−membersに帰ろうと、生田さんたちと正面エントランスにいたとき、玄関からスーツ姿の人たちが、二十人ぐらいやってきた。先頭にいたのは佐之尾主頭。主頭が僕に気がついて、笑顔でウィンクした。 多分、表の、県警の刑事さんとして、やってきたんだろう。僕は会釈を返した。
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