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作品名:帝都、貫く、浄魔の拳 作者:ジン 竜珠

第256回   終結の部の二十二
「富士岡さんもわかってましたよね、村嶋さんたちの望みが叶ったら、現実世界で詐欺が起きたりするって」
「それがどうした?」
「……詐欺に遭った人、不幸になりますよね?」
 富士岡さんの顔が強ばる。そして、
「それがどうしたっていうんだ!? 関係ないだろ!? それで、村嶋さんたちが救われたら、僕は……!!」
「本当に救われますか?」
 その言葉に、富士岡さんが、息を呑む。
「しばらく経って、村嶋さんたちは、激しく後悔するかも知れない。あるいは、警察に捕まるも知れない。もしかしたら、被害者からの報復に遭うかも知れない。それって、救ったこと、償いをしたことになるんですか?」
「じゃあ、僕はどうすれば良かったんだ!?」
 富士岡さんが、手に持った兜を、地に叩きつけた。多分、富士岡さんも感じてたんだろう、自分の行動の矛盾に。そのやり場のない思いに。
 少しだけ、息を整えて、僕は言った。
「僕、大正十二年界、こちらで、伊佐木誠吉っていう友だちがいたんです。ウマが合うヤツで、活動弁士への熱い情熱を持ってるヤツで。でも、そいつ、殺されたんです。もし、僕がうまく立ち回っていれば、救えたかも知れない。でも、どこか、軽く考えてました。ご存じの通り、ここって九月一日から巻き戻ると、それまでのことが、だいたい、なかったことになるんです。だから、死んだ伊佐木も、何事もなかったように、また会える、って思ってました。でも」
 自分でも、声が詰まるのがわかったけど、それを押して、僕は言った。
「あいつ、死んだままでした。もう、会えないんです」
 富士岡さんが、沈痛な表情になる。
「僕は、……。僕は、取り返しのつかないことをしてしまった……」
 涙が頬を伝うのが、わかった。その時。
 僕が握りしめた左の拳を、誰かがそっと包む。
 天夢ちゃんだった。彼女が、両手で、僕の左手の拳を、優しく包んでくれてた。まるで、痛みに苦しむ幼子を慈しむ慈母のように。
 瞳に涙を浮かべたその笑顔は、柔らかく、穏やかだった。
 そうだ。彼女は、僕の痛みを理解してくれる。そして、僕にも、彼女の痛みが、ほんの少しだけ、理解できるはず。
 僕は頷いて、富士岡さんに向き直った。
「やってしまったことを、なかったことにはできない。でも、それを償うのに、誰かを犠牲にするのは、違うと思うんです。痛みは、誰かに押しつけるものじゃないと思うんです」
「……きれい事だよ、それは。君の言うことは、きれい事だ!」
「ええ、そうです、きれい事です!! でも、きれい事を言わなくて、どうするんですか!?」
 富士岡さんの表情が、歪む。それは僕の言うことを否定しようとして、うまく言葉が出ないように見えた。
「誰かを救うことで、他の大勢が不幸になるって、おかしくないですか!? あなたは、それでいいんですか!? 納得できるんですか!? 村嶋さんは、合崎さんは、亡くなった石毛社長さんの名誉は、それで、護られるんですか!?」
 富士岡さんがうつむく。そして、夜空を仰ぎ、叫んだ。
 否。
 吠えた。
 力の限り、命の限り。喉も焼けよと、胸も張り裂けよと言わんばかりに、叫んでいた。
 その時、僕の目の前に金色の勾玉が、天夢ちゃんの目の前に銀色の勾玉が現れる。そして、太極図となって、僕の胸の前に来た。
 僕はそれを掴み、キーワードを唱えた。
「真鎧纏装」
 僕の体中から、氣と光と力があふれ出す。
 懐からクリスタルの円盤を取り出す。
「都牟刈」
 金色に輝く円盤を、左手甲にセットする。
 そして、クリスタルの勾玉を出す。
「……これは……?」
 僕は、とまどいを覚えたけど、自分の中に生まれたキーワードを口にした。
「地水火風雷、土・水・火・木・金(ごん)! 謹請、五元(ごげん)の神!」
 勾玉が、黄色、紫、赤、青、白の光を放つ。それを右手甲にセットした。
 そして、ステップを踏み、跳躍して、富士岡さんに跳び蹴りを浴びせた。
 富士岡さんの中にある、「迷い」と「悔やみ」を砕く思いを込めて。


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