「富士岡さんもわかってましたよね、村嶋さんたちの望みが叶ったら、現実世界で詐欺が起きたりするって」 「それがどうした?」 「……詐欺に遭った人、不幸になりますよね?」 富士岡さんの顔が強ばる。そして、 「それがどうしたっていうんだ!? 関係ないだろ!? それで、村嶋さんたちが救われたら、僕は……!!」 「本当に救われますか?」 その言葉に、富士岡さんが、息を呑む。 「しばらく経って、村嶋さんたちは、激しく後悔するかも知れない。あるいは、警察に捕まるも知れない。もしかしたら、被害者からの報復に遭うかも知れない。それって、救ったこと、償いをしたことになるんですか?」 「じゃあ、僕はどうすれば良かったんだ!?」 富士岡さんが、手に持った兜を、地に叩きつけた。多分、富士岡さんも感じてたんだろう、自分の行動の矛盾に。そのやり場のない思いに。 少しだけ、息を整えて、僕は言った。 「僕、大正十二年界、こちらで、伊佐木誠吉っていう友だちがいたんです。ウマが合うヤツで、活動弁士への熱い情熱を持ってるヤツで。でも、そいつ、殺されたんです。もし、僕がうまく立ち回っていれば、救えたかも知れない。でも、どこか、軽く考えてました。ご存じの通り、ここって九月一日から巻き戻ると、それまでのことが、だいたい、なかったことになるんです。だから、死んだ伊佐木も、何事もなかったように、また会える、って思ってました。でも」 自分でも、声が詰まるのがわかったけど、それを押して、僕は言った。 「あいつ、死んだままでした。もう、会えないんです」 富士岡さんが、沈痛な表情になる。 「僕は、……。僕は、取り返しのつかないことをしてしまった……」 涙が頬を伝うのが、わかった。その時。 僕が握りしめた左の拳を、誰かがそっと包む。 天夢ちゃんだった。彼女が、両手で、僕の左手の拳を、優しく包んでくれてた。まるで、痛みに苦しむ幼子を慈しむ慈母のように。 瞳に涙を浮かべたその笑顔は、柔らかく、穏やかだった。 そうだ。彼女は、僕の痛みを理解してくれる。そして、僕にも、彼女の痛みが、ほんの少しだけ、理解できるはず。 僕は頷いて、富士岡さんに向き直った。 「やってしまったことを、なかったことにはできない。でも、それを償うのに、誰かを犠牲にするのは、違うと思うんです。痛みは、誰かに押しつけるものじゃないと思うんです」 「……きれい事だよ、それは。君の言うことは、きれい事だ!」 「ええ、そうです、きれい事です!! でも、きれい事を言わなくて、どうするんですか!?」 富士岡さんの表情が、歪む。それは僕の言うことを否定しようとして、うまく言葉が出ないように見えた。 「誰かを救うことで、他の大勢が不幸になるって、おかしくないですか!? あなたは、それでいいんですか!? 納得できるんですか!? 村嶋さんは、合崎さんは、亡くなった石毛社長さんの名誉は、それで、護られるんですか!?」 富士岡さんがうつむく。そして、夜空を仰ぎ、叫んだ。 否。 吠えた。 力の限り、命の限り。喉も焼けよと、胸も張り裂けよと言わんばかりに、叫んでいた。 その時、僕の目の前に金色の勾玉が、天夢ちゃんの目の前に銀色の勾玉が現れる。そして、太極図となって、僕の胸の前に来た。 僕はそれを掴み、キーワードを唱えた。 「真鎧纏装」 僕の体中から、氣と光と力があふれ出す。 懐からクリスタルの円盤を取り出す。 「都牟刈」 金色に輝く円盤を、左手甲にセットする。 そして、クリスタルの勾玉を出す。 「……これは……?」 僕は、とまどいを覚えたけど、自分の中に生まれたキーワードを口にした。 「地水火風雷、土・水・火・木・金(ごん)! 謹請、五元(ごげん)の神!」 勾玉が、黄色、紫、赤、青、白の光を放つ。それを右手甲にセットした。 そして、ステップを踏み、跳躍して、富士岡さんに跳び蹴りを浴びせた。 富士岡さんの中にある、「迷い」と「悔やみ」を砕く思いを込めて。
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