八月二十五日、土曜日の午後十一時だったんだ! でも、それが、例の感覚があって、いきなり三十一日に! 僕は屋敷を飛び出した。 何が何だか、わからない! やっぱり間隔が短くなっていってるんだろうか!? でも、異様な気配は、いつもとは違う。あの八岐大蛇や、オルトロスが現れる、そんな気配とは違う。うまく例えられないけど。 でも、何らかの「脅威」であることに変わりはない! 気配の漂ってくる方を探って、走り、その気配の元に辿りついた。五、六メートルほど先の、そこにいたのは。 「……沢子さん……」 この時代には、明らかに不似合いな、JKの格好をした、細川沢子さんだった。 ほぼ天頂から降りてくる、満月の光に照らされる沢子さんは、青白くて、どこか、現実感がない。その顔に浮かんでいるのは、生きている人間とは思えない、冷えた笑顔。 沢子さんが、僕を見る。 「心さぁん」 その声も、生きているものとは思えないほど、冷たい。 「私ねえ、あの人の……。誠吉さんの子ども、産むのぉ。あの人、死んじゃったけど、あの人の子ども、ここにあるからぁ」 そして、両手にくるんだものを、自分の右の頬に当て、いとおしそうに、ほおずりをする。 「あれは……!」 大きさは鶏卵程度だけど、夜目にもはっきりと見て取れる、金色に輝く卵。 「ヒラニヤーンダ……。どうして……」 まだ、滅することが出来なかったのか……! いや、それより! 「沢子さん、それは……!」 「これは、懐胎秘法伝授之會で、授かった、あの人の子種。これがあれば……!」 まるで生きていない笑顔を浮かべ、沢子さんが宙に浮かぶ。そして、そのまま夜空へ吸い込まれ……。 その姿が見えなくなったところで、空間に亀裂が入り、砕けていった。 とても静かで、そして。 絶望に満ちた大空震だった。
巻き戻ると、八月十三日、月曜日。僕は、図書館でうたた寝をしていたらしい。僕を起こしたのは、同じ帝都大学二部で学ぶ書生。 そして。 何気なく彼から聞いたけど。 伊佐木誠吉は、前月、七月二十一日に、「人斬り魔」に斬られて死んだんだそうだ。
本部へ帰ると、そろそろ月末になるから、ということで、副頭が寝ないで起きていて。副頭によると、「これまで『途中で死んだ』人も、九月一日から巻き戻ると、何事もなく存在していた」そうだ。「途中でいなくなる」ケースも、「引っ越した」ことになっていて、「死んだ」というのは、これまで報告例がない、という。 いずれにしても、今夜、八月十四日の午後八時から、緊急会議を開くから、それまでに高谷さんに、そのことも占断してもらう、ってことだった。
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