「塞神招請!」 そのタイミングで、背後から声がした。 結界が形成され、人々が消える。だが、美都を包んだ黒いガスのような塊は残った。 振り返ると。 「救世さん!」 天夢の弾んだ声がした。天夢が、救世心に、明らかに好意以上の物を持っているのは、もはや、公然の秘密だった。それでも、心自身は、最近まで気づいていないフシはあったが、こういうのは、かえって当事者には、わからないものなのかも知れない。 結界のワードを唱えた心が、近くまで駆け寄ってきた。その背後には、浅黄がいる。 「帝都文明亭で、浅黄さんから話を聞いて! あのヒラニヤーンダ、確かに滅したはずなのに!」 なるほど、浅黄は先行して、情報を仕入れていたか。 ふと、ガス状のものを見る。徐々に形になりつつあった。 心が言う。 「これ、僕の推測です。勾玉に縁があると、その護世士は、結界の中に残ります」 「ああ、そうだが。それが何か?」 それは、明文化されてこそいないが、歴代の護世士の多くが実感していることだった。キーワードで誰もが結界を張れるようになったとき、もしかしたらその法則に変化が及ぶかも、と思ったが、那川の時に勾玉と関係なかった千紗は、結界から締め出された。 「言い換えると、結界の中に残れば、その護世士は、勾玉に縁があるということになります」 浅黄がちょっとだけ首を傾げる。そして。 「ああ、確かに、今、四人ともここに残ってる、誰に勾玉が降りるかわからん、てことか?」 「それもありますが。もしかしたら、強くイメージしたら、とか、逆にまったくイメージをしなかったら、勾玉が降りてくるんじゃないでしょうか?」 言っている意味がわからない。 「救世、お前、何が言いたい?」 心は自信がないらしく、ちょっと気後れしたように言った。 「結局は『ランダム』という結論になってしまうんですが。でも、『誰かに勾玉が降りる確率が高い場合』と、『そうでない場合』、確率的に両方、存在する場合は、護世士の側で、それを選ぶことができるんじゃないか、って思うんです。つまり」 と、心が浅黄、千紗、天夢を見る。 「『世界』が選ぶんじゃなく、実は『僕たち』の方に、選択権があったんじゃないか、って思うんです!」 静かに、そしてゆっくりと、衝撃が、千紗を貫いた。 その時、ガスが形になった。 一つの体に、七つの頭部。体高は七メートルほど。そして、頭部の口には、それぞれ、ラッパがついていた。 ヤツは私の手で、収拾をつけねばならない! 千紗は、そう、強く思った。心の言葉を信じたわけではないが、もし、自分に勾玉が降りてくる確率があるなら。 そう思った。 すると。 「あ、勾玉」 天夢の声がした。 千紗の五メートルほど頭上に金色、天夢の五メートルほど頭上に、銀色の勾玉がある。その二つが組み合わさり、金銀の太極図になる。それが、千紗の目の前に降りてきた。 どうやら、世界は自分を選んでくれたらしい。いや、自分がその結果を選び取ったということか? いずれにせよ、自分がアタッキングツールを使うことができる! 太極図を掴み、千紗は咒を唱えた。 「真鎧纏装!」 体に氣と光と力が満ちる。 そして、千紗は「ヨロイ」をまとった。だが、そのデザインは……。 「あの時のものか……」 色は黒かったが、巫女が着る服に似ていた。 あの時。かつて、白倉本家に呼ばれ、千紗が邪霊の入れ物になっていたことを知らされたとき。 自分の中から邪霊を追い出すため、白倉本家がある山中で、彼女は修行をした。だが、なかなかうまくいかず、ある日、彼女は発作的に、二十メートルほどある、崖から身を投げた。途中、木の枝など、様々なものに引っかかり、着ているものが破けたが、命は取り留めた。それどころか、かすり傷程度で済んだ。おそらく「自己防衛のため、無意識に強大な霊力が働いたのだろう」ということだったが。 今着ている服は、上半身は、右の片肌がなく、胸が露出していた。もっとも、その頂は隠れていたが、これでは、胸が露わになっているのと変わらない。 そして、腰から下は、プリーツの入った黒いマキシスカートであったが、フロントがザックリ開いていて、ショーツが一部、見えていた。 頬が熱くなるのが分かる。 いくらなんでも、と思ったとき。 「千宝寺さん」 と、天夢が小声で言った。 「あのキーワード」 その言葉で思い出した。女性護世士だけで共有されているキーワードがあった。 千紗は、それを唱える。 「Guard、Lower Skirt」 腰から下、スカート部分に、力場が生まれる。既に見えている部分は仕方ないが、これで、大立ち回りを演じても、「それ以上」は見えないはずだ。 そして、ディザイアを見上げる。
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