千紗がいるのは、糀町にある、とある教会。 名を「千宝寺滅尽教」という。 教祖の名は「久積 茉理(くづみ まつり)」。これが、「くつまり みづ」=「久津万里」の「美都」の組み替えであることは、千紗には容易にわかる。 顕空では八月十四日の午前零時十七分だった。冥空(こちら)では八月二十五日、土曜日の午後二時。仕事を終えた人々が、押し寄せている。建物に入り入れない人が、それでも教祖様の「御威光」を浴びようと、人垣をかき分けては、中に押し入ろうとして、小競り合いとなっていた。 「千宝寺さん、これ……」 隣で、神室天夢が不安げな表情になる。 「あたしが通う女学校でも、話題になっていて。『もうすぐ帝都に、神の裁きが下る。我にすがれば、助かる』から、ってことで、入信している人もいるんです。もちろん、こんなことは、これまで……」 そして、教会の建物を見る。天夢もそれなりに霊覚を磨く修行をしている。だから、ここから漏れ出す「歪み」が、異様なものであるのがわかるのだろう。 頷き、千紗は人を押しのけ、中に入った。文句を言った者がいたが、千紗のひと睨みで、沈黙する。天夢が申し訳なさそうにしながら、千紗の後に続いた。 「神室、先に言っておく。今回のディザイア、こいつは、私と繋がりがある」 「え? 繋がり?」 「ああ。だが、勾玉は、世界の選択だ。可能なら、私の、この手で収拾をつけたいが……」 そう言って、靴のまま、座敷に上がった。 広さは五十畳ほどだろうか。奥に、斎服を着た、若い女がいる。年の頃は二十代前半か。千紗より、二、三歳程度若いように見える。女は高さ五十センチ程度の金色の卵を持っていた。 「見よ! これこそ、世の終わりに降臨せし、神の卵! 今の世は滅び、この卵から、新たな世と、神が降臨遊ばすのである! 諸人よ、崇めよ! 汝らの思いが、この卵の中で、新たなる世を作り、世を救うのである! 我を崇めよ!」 「千宝寺さん、あの卵、もしかして、報告書にあった……」 頷き、千紗は言った。 「あのディザイアの、その欠片かもな。阿山花果さんは、今日の昼、峠を越え、意識を取り戻したそうだ。だから、あれは、別の欲念が形になったものだろう。あるいは」 と、千紗は思いついた、恐ろしい可能性を口にした。 「先に『卵』に象徴される何かがあって、それが先には、花果さんに、今度はあの女にとりついた、というところか」 「とりついた、って、何が?」 天夢が不安そうな表情で千紗を見上げる。 「白倉なら、こういうだろうな。『斉天大聖・孫悟空は、花果山(かかざん)の岩玉から生まれた。それにちなんで、猿太閤も「卵」から生まれ出ようとしている』」
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