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作品名:帝都、貫く、浄魔の拳 作者:ジン 竜珠

第245回   終結の部の十一
 佐之尾は溜息をつくしかない。先刻までの動き、あれは明らかに「意識的な動き」だ。本人に自覚がない、など、有り得ない。
 そう思っていたら、大光世を鞘に収めた新が言った。
「ボクは一度、アチラでムラマサと相対している。……彼じゃないよ。あのムラマサは、こんなに『鋭く』なかった」
「……それは、こいつが鎧武者のディザイアじゃない、ってことでいいのか?」
「うん。たたき折って『殺した』刀の方には、アチラの『村正』が宿っていたけど、彼自身は無関係だ」
 見ると、正力は刀を投げ棄て、震えている。
 ふう、と、また溜息をつき、佐之尾は言った。
「じゃあ、そもそも帝星建設に鎧武者のディザイアはいなかった、てことか?」
「そこまでは言わないけど。ただ、少なくとも、彼がムラマサではなかったのは、確かだよ?」
 ちょっと脱力しかけたとき。
「ただ、そうなると」
 と、新が、口元に意地の悪い笑みを浮かべて、言った。
「なんで、彼が妖刀の方の『村正』を持っていて、なんでこのタイミング、……救世くんが、佐之尾さんが昔作った名刺を落としたタイミングで、佐之尾さんを襲ったのか、ていう謎が残るけどね?」
 一瞬、正力と一緒にいた、あの女のことが頭に浮かぶ。報告書に出てくる「太閤妃」と「太閤后」。まさか、あいつらの内の、どちらかが関与している、ということか?
 いずれにせよ。
「とにかく、話、聞くぞ?」
「だから! 本当にわからないんです!」
 正力は今にも泣きそうだ。
 テイボウの主頭としての自分なら、まあ、理解を示さないこともない。だが、そもそもテイボウは超法規的組織。一方、「表」の佐之尾は、法規的組織に所属しており、法を遵守せねばならない。状況から判断して、どう考えても心神耗弱は認められない。時代劇ではあるまいし、「刀を手に入れたから、試し切りしたくなった」などという「辻斬り行為」も、現行法規では、物笑いの種になるだけ。もっとも、「モデルガンで動物をいじめているうちにエスカレートした」というケースは、枚挙に暇がないから、それを適用できなくはないが、どう見ても、佐之尾に対する明確な殺意を持った行為と判断せざるを得ない。
 なんにせよ、この男は破滅だ。今後、剣の道で名を馳せることは不可能となった。
 霊学の観点からすれば「つけ入れられるだけのものが、内面にあったから、このような『業』になった」だろうが、そのような考え方には、佐之尾は未だについていけない。
 そのような因果論は、下手をすると、人間の可能性を否定し、生き方を封殺する考えに行き着きかねない。因果論を否定するわけではないが、世の中とは、そこまで硬直したものだとは、佐之尾には思われないのだ。
 ふと、なにかの気配に気づくと、新が誰かと電話していた。しばらくして通話を終え、佐之尾に言った。
「事情が事情だからね。本家が動いてくれるそうだよ?」
 白倉本家は、シャレにならないレベルで、この国の「裏」を動かせる。だからこそ、新は「大光世」などという、明らかに銃刀法を無視したものを持ち歩ける。
 このような強権にも、佐之尾はついていけない。
 だが、今回は佐之尾自身も、それに救われた。
 やっぱり。
「……ついてけねえなあ……」
 そうボヤいて、ジャケットのポケットから、缶コーヒーを出そうとして。
 すでにプルタブが、開いた状態になってしまっていたことに気がついた。
 溜息をつき、少しだけ残っていたコーヒーを飲み干した。
 目こぼしする代わりに、正力にスーツのクリーニング代ぐらいは出させないと、気持ちが収まりそうになかった。


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