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作品名:帝都、貫く、浄魔の拳 作者:ジン 竜珠

第244回   終結の部の十
 新は、太刀を向けてずっと牽制をかけていた男の方に向き直る。
 そして、太刀を構えた。
「北辰一刀流、白倉新」
 そして、一呼吸置く。
「……ボクは名乗りを上げたんだよ? そちらも応えるのが、剣士としての道義だと思うけど?」
 黒ずくめの男は、何を思うか。
 男も、一呼吸置いて、目出し帽を外した。
「柳生新陰流、正力武良」
 目出し帽を投げ棄て、刀を青眼に構える。
 今、佐之尾が感じる限り、そして先刻までの太刀筋を見る限り、正力の腕前は相当なものだ。資料で見たが、おそらく今度の大会も、優勝は間違いないのではないか? だが、この勝負は、新の勝ちだ。それは、勘ではなく、確信。
 二人が無声の気迫を込め、打ち合う。神速、とまではいかないが、それでも達人の域といってもいい。両者、刀をまるで自分の腕の延長であるかの如く振るい、体や足の捌きは、まさに舞いを見るかのようだった。
 だが。
 否、だからこそ、正力は新に勝てないことが分かった。
 確かに正力は優れた剣士であることは間違いない。だが、それはあくまで「競技化」された「技術」に見えた。一方、新は、文字通り、長年、死線をくぐっている。基本は北辰一刀流だろうが、それはもはや実戦を……いや、殺し合いを重ねた上での、「ケンカ剣法」になってしまっている。
 だから、刃の動きに、無駄、いや、躊躇(ためらい)がない。
 そして。
 これは推測だが、新は相手に「名乗り」を上げさせた。あれには、呪術的な意味もあったのではないか?
 自分は、「正力武良」である。
 そのような自覚を持たせ、あくまで「『殺人者』ではない」との思いを、無意識に持たせる。そうすれば、自然とその動きは、「競技」と同じものになる。必然、「禁じ手」とされる技を使うことに抵抗を覚える。
 殺し合いに、そんな気兼ねがあってはならない。
 正力の方も、そんな気兼ねは捨てるだろうが、そうなるまでに、おそらく勝負はつく。案の定、十合に届く頃に、新が気合いとともに、正力の刀をへし折った。いかな重量のある太刀であろうと、立ち会いで相手の剣を折るなど、そうそう出来るものではない。どうやら、新の腕前は、常人を超えたレベルらしい。
 正力が息を呑む。そして。
「……!?」
 目まいを覚えているのか、何度か頭を振り、まるで、正気に返ったかのように立ち尽くした。
 数秒おいて、身を震わせ、言った。
「な、なんで、こ、こんなことを……!」
 なんだ? 何を言っている?
 疑問符が顔に浮かぶのを感じながら、佐之尾は言った。
「正力武良。銃刀法違反、並びに殺人未遂の現行犯で、緊急逮捕……」
「わからないんです!」
「……? 何が?」
 困惑の表情で、正力が言った。
「なんで、こんなことをした、……いや、しようと思ったのか、まったくわからないんです!」
 まったくわからないのは、こっちも同じだ。
「お前が何を言っているのか、こっちもまったくわからないんだが?」
「だから! わからないんです! まるで、刀に操られていたかのような、そんな感じなんです!」
「……誰でも、そんなこと、言うんだよ。『神の声に従っただけ』とか……」
「だから! 本当に、わからないんですよ!」


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