午後十時。 大田原溢美は、思ったより、守りが堅い。どうやら、下手に言い訳めいたことを言うとボロが出ると判断したらしく、徹底した黙秘に転じた。 こうなると、根比べだ。今日のところは、事件に関与しているという、確たる証拠がないため帰したが、もちろん、見張りはつけてある。おかしな動きを見せたら、その場で押さえることも命じた。そのおかしな動きには「自殺」も含まれるが、そこまでのことはしないだろう。あくまで佐之尾の心証だが、あの女、なかなかに、したたかだ。 署を出て、近くのビジネスホテルへ向かう。 徒歩でおよそ、七、八分。安宿にひとしいが、寝泊まりできれば充分だ。 そのホテルは、大通りから離れた、いわば裏通りに面したところにある。といっても、ここ中央区の、上石津署がある辺りは、発展したエリアだから、裏通りと言っても、寂れた感はない。それでもこの時間となると、さすがに交通量も人通りも少なくなる。 小さな公園が見えてきた。公園といっても、遊具は滑り台のみ。自動車が十五台程度、停まれるか、といった広さだ。その公園の入り口に自動販売機がある。佐之尾は、自動販売機で、ブラックコーヒーを買った。 あいにく好みの銘柄がなかったので、適当に選ぶ。そして、公園に入り、ひと息つけた。 プルタブを引きかけたところで……。 殺気を感じ、咄嗟に跳びのく! そこへ、銀色の光が走った。 体勢を整え、手に持ったものを構えるが、それはアイスコーヒーの一八五cc缶。武器どころか盾にもならない。 あとで飲もうと思ったかどうか、自分でもわからないが、とりあえずそれをサマージャケットのポケットに入れ、相手を見る。黒いジャージーの上下に、黒い目出し帽の男。そして、手にあるのは。 「おい、その日本刀(ポントウ)、本物とか、言わねえよな?」 黒の男が、日本刀を上段に構える。 「おいおい、勘弁しろよ!」 相手が斬り込むのと、佐之尾がかわすのは、一瞬の差だった。相手の動きは俊敏で、かなりの手練れである、とわかる。 とりあえず、この公園から出ようと、思ったが。 「……結界!?」 佐之尾も、テイボウの主頭として、優れた霊的感覚を持っている。今、この公園は結界で、周囲と仕切られていた。おそらく、外からは、この公園を「意識」できない。だから、ここで、何が起きようと、あるいは起きていようと、外の人間は、一切の興味を抱くことはない。また、内側からは。 「遁甲か……」 奇門遁甲。もとは、軍学だったが、いわゆる「方位取り」として、確立された技術だ。そして、ここには、今その「遁甲による力場」が形成されている。おそらくどこへ向かっても、同じところに戻されてしまう、そのような術が仕掛けられている。千宝寺千紗が、得意とすることだ。彼女が入隊したとき、その力を見せてもらったが、あの時の感覚に似たものがある。自分では、まっすぐ歩いているつもりでも、実際には同じところをぐるぐる回っているらしく、何度試しても、「そこ」から出ることが出来なかった。 何者がこんな物を仕掛けているのか分からないが、こんなことなら、千紗から術の破り方を、本格的に教わっておくべきだった。 また殺気が迫る。それをかわし、佐之尾は手近に転がっていた、ある物を手に取る。 竹ボウキだった。ないよりはマシか、と思ったとき、銀色の光りが走ってきた。構えた瞬間、真っ二つになった。 冗談ではない。これは、スマホで応援を呼んだ方がいいが、そんな隙を与えてもらえそうにない。 隙を作って、相手の懐に飛び込むしかないだろう。そう思っていたら、相手がすり足で、左右に動く。翻弄するつもりか? そう思った瞬間、相手が一旦離した足を引きつけて、一気に横飛びに飛び、そこから踏み込んできた! 思わず左腕を盾にしたとき!
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