十日の夕方のことだった。 夏休みに入っていることもあり、千宝寺千紗の勤める進学塾では、日中にも講義がタイムスケジュールとして組まれ、シフトも変わっている。 例年のことだ。今日、木曜日は午後の二時半から四時までだ。 講義を終了し、教官室へ戻り、この日の講義の内容の整理をする。 前回……火曜日に行った小テストの内容の復習から始めたが、思ったより進捗率はよくない。基本的に論述問題を苦手とする者が多いように思う。 もっとも、これは今に始まったことではない。千紗はここでは、英語をメインに担当している。英語は基本的に単語を覚えておけば、日常生活においては、あくまで「ある程度」だが、なんとかなる部分がある。だが、試験問題は、そうはいかない。だが、千紗自身、グラマーなど、神経質になる必要まではないと思っている。 そんなことを言っていたら、グラマーに力を入れている講師と、小一時間、討論になったことがある。 その講師の言うことはわかる。日本語でも「十日前、『公園』という名の人に、『山田太郎さん』を持っていきます」などと言われたら、まるで意味が通らない。 なので、自分が担当する学科以外は、口を出さないことにした。もう、数年になる。 だが、文法にこだわる余り、例えば、ヒアリング、それを元にした論述という展開になると、不自然な英文になってしまう感があった。 何かいい方法はないか、と思いながら、何気なくスマホをチェックする。 「……白倉か。何を言ってきたのやら」 午後三時、白倉新から着信があったようだ。新からの電話は、半分はテイボウ関係、半分は熱烈なラブコールだ。 どうにかならないかと思うが、向こうに悪気はまったくない。ないからこそ、どうにかならないかと思うのだが。 千紗はコールバックする。もしかすると、重要な電話かも知れない。 三コール後、新が出た。そして、その用件は。 『久津万里が、バーストしたそうだ。本家から電話があった』 「……そうか」 複雑な思いが胸に去来する。 『あそこは、千紗姉様で、もっていたようなものだからね。跡を襲った美都(みづ)さんは、それなりの霊感師ではあったけど、所詮、「本物」じゃない。そんな中で、むしろ、三年半近く、よくもったと思うよ?』 「で? どうなってる?」 『ご隠居さんや、主だった幹部たちは、霊感商法……詐欺で検挙されたそうだ。千宝寺蒼宇(そう)さん、……千紗姉様のお父様は、あとのケアで駆け回っていらっしゃるらしい』 思わず、自分も行こうかと思ったが。その心の動きを見透かしたかのように、新が言った。 『千紗姉様には、今、やるべきことがある』 「……そうだな」 胸が痛んだ。自分があのコミューンを出奔しなければ、このようなことには、ならなかったか? 自問自答する。
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