八月九日。 この日は、私立鼎?女子大学付属女子高等学校では、全学年を対象とした登校日だった。 白倉新は、学校行事を終え、帰宅の途につく。 彼女の家は、上石津市の東北にある「上賀根(かみがね)市」だ。ただし、上賀根市の西南部に位置するため、実は、位置的にも時間的にも、高校はかなり近い。 バスに乗り、思索にふける。 おそらく、関東大震災で、地水火風、四大の魔災が起きることになっていた。具体的にどういうものかは想像でしかないが、まず地震で地盤が崩れ、そこへ、火災が発生。さらに時期的に考えて、いくつもの台風が上陸して、雨……水と、風により、東京という土地そのものが、人の住めないところになる。おそらく徳川は、永(なが)の繁栄を願って、呪術を仕掛けているだろうが、それらも全て無に帰す。 文字通り、徳川が滅びることになる。 今、残っているのは、風の震災だ。大正十二年界では、空間そのものが震える「大空震」という形を取っているが、現実ではどのような形で現れてくるか。 「大型台風か、竜巻か」 いや、おそらくその程度のものではすまない。猿太閤が「孫悟空」の姿を取っているということは、それだけの、神通力といえるほどの「大きな力」が使えるということを、象徴しているのだろう。考えがたいが、本当に空間が震える……共振現象のようなことを起こして、東京を滅ぼすつもりかも知れない。 「共振現象だとすると、どう、対応したらいいんだろうね……」 物体には固有振動数があり、それぞれ異なる。雑な喩えになるが、ガラスとコンクリートではまったく異なる。だから、ガラスに対応した振動波をカットしても、コンクリートの方が護れない。コンクリートを護っても、ガラスが護れない。 空間全体に「護持結界」を張ろうにも、その境界外には影響を及ぼすことが出来る。 状況によっては、東京壊滅以上の、大災害になってしまう恐れさえある。 これは、自分だけの手には負えないが、確証がない以上、本家を動かすのは難しい。 どうしたものか、と思っていたら、バスが自宅最寄りの停留所に着いた。この停留所から、家までは、徒歩で三十分強。山の中腹だ。 とりあえず家に戻り、家族に相談しよう。今、住んでいる家にいる家族は、妹だけだ。妹に話し、別に居を構えているが、高校の理事長をつとめている祖父に相談して、本家に動いてもらうのがいいか。 ならば、より精度の高い情報を集めねばならない。 そう思っていたら、スマホが鳴った。 本家にいる姉からだ。 「もしもし。どうなさいましたか、お姉様? ……え、久津万里(くつまり)の娘御が? ……そうですか。……はい。……はい」 と、少々、込み入った話のあとで。 「……伝えておきますので、詳しいことがわかりましたら、また、お願いします。ああ、あと、ちょっとご相談が……」 もっと精確なものにしてから言うべきだが、ここで電話がかかってきたのは、「今、伝えろ」ということ。新は、先刻までの自分の推測を話したが。 『新。あなたの才は認めます。次代の師母は、間違いなく、あなたでしょう。ですが……。いいえ、だからこそ、確実な情報を上げなさい。大きな呪術、儀式には、それだけの時間と準備、人員、そして『覚悟』が必要なことは、あなたも承知のはず』 思った通りの返答が帰ってきた。 電話を終え、新は、空を仰いだ。中天の太陽の傍に、薄雲が一切れ。 「……千紗姉様に、伝えるべきだね。まったく、こんな時に限って、ややこしい事態が出来(しゅったい)する……」 溜息をつき、新はスマホを見た。
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