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作品名:帝都、貫く、浄魔の拳 作者:ジン 竜珠

第221回   拾の七
 沢子さんを見送り、駅舎を出たとき、伊佐木が言った。
「俺、さ。やっぱり活弁を目指そうと思うんだ」
 いつだったか、こいつの活動弁士に対する情熱を聞いたことがある。でも、こんな風に「目指す」なんていう具体的な言葉を聞いたことはない。これは、こいつのプロフィールも変わる前兆かも知れない。
「そうか。がんばれよ。……そうだ、故郷(くに)の家族にも、相談した方がいいんじゃないのか?」
 さりげなく聞いてみる。
 伊佐木は頷いた。
「そうだなあ。明日にでも、電報、打っとくか。でも、親父殿は厳しいからなあ、『すぐ、金沢に帰ってこい』って言われるに決まってるか」
 こいつは確か横浜出身だったはずだ。ということは、諸々変わっているか、変わりつつあるのだろう。要注意だ。
 その時、僕は思った。
 こいつと沢子さんは、ある意味で「ワンセット」だ。だから、沢子さんのプロフィールが変わったことにより、伊佐木の顕空との繋がりも変わった。そういうことなんじゃないかな?
 ふと、それに思い至った時、僕の中に奇妙な「もの」が生まれた。まるでそれは。
「……なんか、妙な事件でも起きないといいけど……」
 不安、といえるような、ざわつきだった。

 伊佐木が「用事があるから」と、僕と別れてから、数分。僕は一応、確認できる限りのことを確認しておこう、と、「帝星建設」社屋の付近を調べることにした。といっても、何が出来るわけでもないけど、何かしておきたいんだ。
 しばらく見て回っていると。
「救世」
 と、声がした。
 そっちを見ると、着物に袴姿の千宝寺さん。スーツ姿の男性と一緒だ。千宝寺さんの、こちら側での知り合いかな?
 一礼すると、男性が僕に笑顔を向けた。
「君が、新しい護世士だね?」
 え? アタッキングメンバーっていうか、テイボウのことを知ってる?
 千宝寺さんが言った。
「二年ほど前まで、テイボウにいた人だ。那川斉士(ながわ ひとし)さんっていう」
 男性が僕に名刺を出す。
「帝翔銀行 融資係 那川斉士」ってあった。
「え? 帝翔(ていしょう)銀行って、県内一の大銀行の? っていうか、この時代から、この銀行ってあるんですか?」
 那川さんが笑う。
「大正十二年五月に創業しているからね、ギリギリなんだ」
 ということは、もしかして。
「顕空でも、帝翔銀行の銀行員さん、ですか?」
「うん。中埜石市本店勤務だけど」
「すごいですね、銀行員さんなんて」
 僕が言うと、那川さんが苦笑いを浮かべる。
「銀行員なんて、たいへんなだけだよ。プライベートでも、貨幣を見ると、種類別に揃えないと気がすまなくなることもあるし」
 なんか、たいへんそうだなあ。
「でも」
 と、那川さんが辺りを見回した。
「ここへ来なくなってから、もう一年と九ヶ月だけど。なんか、いろいろと変わっているよね? 特に帝都タワーとか?」
 僕と千宝寺さんは顔を見合わせた。
「申し訳ありません」と頭を下げたのは、千宝寺さんだ。


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