沢子さんを見送り、駅舎を出たとき、伊佐木が言った。 「俺、さ。やっぱり活弁を目指そうと思うんだ」 いつだったか、こいつの活動弁士に対する情熱を聞いたことがある。でも、こんな風に「目指す」なんていう具体的な言葉を聞いたことはない。これは、こいつのプロフィールも変わる前兆かも知れない。 「そうか。がんばれよ。……そうだ、故郷(くに)の家族にも、相談した方がいいんじゃないのか?」 さりげなく聞いてみる。 伊佐木は頷いた。 「そうだなあ。明日にでも、電報、打っとくか。でも、親父殿は厳しいからなあ、『すぐ、金沢に帰ってこい』って言われるに決まってるか」 こいつは確か横浜出身だったはずだ。ということは、諸々変わっているか、変わりつつあるのだろう。要注意だ。 その時、僕は思った。 こいつと沢子さんは、ある意味で「ワンセット」だ。だから、沢子さんのプロフィールが変わったことにより、伊佐木の顕空との繋がりも変わった。そういうことなんじゃないかな? ふと、それに思い至った時、僕の中に奇妙な「もの」が生まれた。まるでそれは。 「……なんか、妙な事件でも起きないといいけど……」 不安、といえるような、ざわつきだった。
伊佐木が「用事があるから」と、僕と別れてから、数分。僕は一応、確認できる限りのことを確認しておこう、と、「帝星建設」社屋の付近を調べることにした。といっても、何が出来るわけでもないけど、何かしておきたいんだ。 しばらく見て回っていると。 「救世」 と、声がした。 そっちを見ると、着物に袴姿の千宝寺さん。スーツ姿の男性と一緒だ。千宝寺さんの、こちら側での知り合いかな? 一礼すると、男性が僕に笑顔を向けた。 「君が、新しい護世士だね?」 え? アタッキングメンバーっていうか、テイボウのことを知ってる? 千宝寺さんが言った。 「二年ほど前まで、テイボウにいた人だ。那川斉士(ながわ ひとし)さんっていう」 男性が僕に名刺を出す。 「帝翔銀行 融資係 那川斉士」ってあった。 「え? 帝翔(ていしょう)銀行って、県内一の大銀行の? っていうか、この時代から、この銀行ってあるんですか?」 那川さんが笑う。 「大正十二年五月に創業しているからね、ギリギリなんだ」 ということは、もしかして。 「顕空でも、帝翔銀行の銀行員さん、ですか?」 「うん。中埜石市本店勤務だけど」 「すごいですね、銀行員さんなんて」 僕が言うと、那川さんが苦笑いを浮かべる。 「銀行員なんて、たいへんなだけだよ。プライベートでも、貨幣を見ると、種類別に揃えないと気がすまなくなることもあるし」 なんか、たいへんそうだなあ。 「でも」 と、那川さんが辺りを見回した。 「ここへ来なくなってから、もう一年と九ヶ月だけど。なんか、いろいろと変わっているよね? 特に帝都タワーとか?」 僕と千宝寺さんは顔を見合わせた。 「申し訳ありません」と頭を下げたのは、千宝寺さんだ。
|
|