実際に会い、それとなく探ってみたら、「幹山由貴彦」という社員から、メールを受け取っていたことがわかった。「物証」と呼べるものは手にしていないらしかったが、それでもかなり深いところまで知っているようだ。 おそらく、幹山の名前を使って、富士岡が連絡しているのだろう。もし幹山本人だとしたら、幹山の方も、別個に何らかのアクションを起こしているはずだが、そんな気配はまったくない。 ならば、富士岡の名前を知らせることはない。もし津島が富士岡のことを知れば、直接、接触してくることは間違いない。 溢美はプランAを実行することにした。 「あの。その情報提供者、幹山さんですけど。結構、勘違いしているところがあるんです……」 「勘違い?」 津島が、コーヒーカップを手にしたまま、怪訝な顔をする。密談めいたものは人目を避けるはず、ということの逆手を取り、あえて人目の多い喫茶店で、定期的に溢美と津島は会っている。店内のBGM、人々の話し声で、充分、ごまかせる音量で、溢美は言った。 「はい」 と、溢美は修司から言われた「シナリオ」を展開する。 「日付も時間もデタラメ。おまけにその人が持っているという『証拠』も、信用のおけないものです」 「……そうなんですか……」 「はい」 溢美の言葉に、やや落胆したような表情で、津島はコーヒーをすすった。彼としては、このスクープをどこよりも速くすっぱ抜くつもりだったのだろう。溢美も、チラホラと耳にしたが、土原議員と帝星建設の癒着は、少しずつだが、噂となっているらしい。いわく「競争率の高い、中埜石中央駅前の再開発の権利を、帝星建設が手に入れた。その計画に土原議員が大きな影響力を持っている。土原議員のもとを、帝星建設の社長が極秘で訪れたらしい」。まだ伝聞の域を出ないが、そのうち騒ぎになることは間違いないだろう。 どうやらいいタイミングのようだ。 「どうでしょう? そんな信頼の置けない情報より、私の方から、確かな証拠を提供しましょうか?」 津島が身を乗り出す。 「本当ですか?」 「ええ。ですが、いくつか条件が」 「条件?」 津島の顔が曇る。津島としては、「自分が出せる金額」の計算をしている、といったところかも知れないが、そういうことが目的ではない。 「はい。まず、私のことは、絶対に他言無用のこと」 「それは、もちろんです!」 津島が力強く頷く。 まずは、大前提だ。ここのルールはおさえておいてもらわなければならない。メイクやウィッグで変装し、仮名や偽の身分を使ってはいるが、どこで自分の素性がバレないとも限らない。 「それから、幹山さんからの情報、私にも、詳しく伝えてください」 「え、と? それは、なぜ? あなたがその情報を知る必要が、あるんですか?」 津島としては「情報の真贋を判断するのは自分だ」との思いがあるのだろう。もっともだが、こちらとしても、どのようにかく乱すればいいかを検討しなければならない。 「先ほども申し上げましたが、幹山さんは、勘違いをしている可能性があります。訂正させていただければ」 「なるほど」 と津島は頷く。
|
|