八月八日、火曜日、午後十一時。 大田原溢美(おおたわら いつみ)は、マンションの自室で、シャワーを終え、ベッドルームに戻ってきた。 ベッドの上で、阿良川夏彦(あらかわ なつひこ)が、グラスに注いだウィスキーを飲んでいた。 「私も飲むわ」 と、ナイトテーブルの上にあったグラスをとり、阿良川の前に差し出すと、阿良川がそのグラスにウィスキーを注いだ。 阿良川の隣に座ると、阿良川がニヤついて言った。 「前も言ったけど。お前、社長の愛人だろ? 俺とこんなコトしてていいのか?」 「いいのよ」 と、ウィスキーを一口飲み、溢美は言った。 「私、メイクアップアーティストになりたい、って夢があったの。社長が、『その夢を応援してくれる』っていうから、ママから引き留められたけど『お店』やめて、あの人についたのに、もう三年。全然、そんな気配なし! だから、あなたに誘い、かけちゃった。私、あんな小物より、あなたみたいな人の方が、好みだし?」 「おいおい」と、阿良川が苦笑いを浮かべる。 「去年の記者会見の様子、私、テレビの前で大笑いしちゃった! 今思い出しても、おかしくておかしくて! それに、今年の株主総会も、すごかったらしいわよ!? 誰かに隠し撮り、頼めばよかったなあ!」 阿良川が呆れたように言った。 「お前、いい性格してるよな」 「そんなことより。ねえ、あの津島って人が撮ってた映像、本当は何なのか、わかってるんでしょ?」 「知らねえよ。奥坂って野郎、『わからない』って言って……」 「嘘よね? あなた、昨夜(ゆうべ)、連絡取れなかったもん。いつも私からの電話やメールには、きちんとレスポンスしてたあなたが、昨夜は、そんなことしなかったってことは。なんか、調べてたり、確認してたりとかで、そんな余裕がなかったか、そんなところ。じゃなきゃ、他に女が出来たか。……私と、別れたい、ってことでいいのね?」 しばらくおいて。 苦笑いを浮かべ、溜息ともなんともつかない微妙な息を吐いて、言った。 「今、確認中だ。確実なことがつかめたら、例の、大石を使って、調べさせる。わかったら、お前にも教えてやるよ」 その表情から察するに。 金儲けに繋がることは間違いないと、阿良川は確信しているようだった。
(玖「二人の想いの、その先」・了)
|
|