「でも、それだけじゃなくて。あたし、それからしばらくして冥空裏界に来ることになって、さらに大正十二年界に来ることにもなって、テイボウに加入して。そこで、大町(おおまち)一平(いっぺい)っていう人に出会ったんです。……兄に、神室冬樹にそっくりでした。その人、書生さんだったんです。あたし、もしかしたらやり直せるかもって、希望を持ちました。でも、あるディザイアの事件の時、一平さん、あたしをかばって、死んでしまったんです……」 「……えっ!?」 息が止まりそうになった。顕空現界……現実世界でお兄さんは天夢ちゃんをかばって命を落とした。そして、ここでも、お兄さんそっくりの人が、天夢ちゃんをかばって、命を落とした。 「九月一日から巻き戻ったとき、一平さんのプロフィールは変わっていました。書生さんじゃなく、ある子爵の子孫の、御曹司。しかも、翌年にはイギリスへの遊学が決まっていて、あたしの手の届かない立場に行っていました。しかも、しばらく前には、すでに遊学したことになっていて、この世界からも消えてしまった。あたし、もしかしたらここでは兄と一緒になれるかも、と思って、期待していただけに、辛くて。だから、ここでは、髪型を変えて、自分じゃなくなろう、と思って……」 そうだったのか。現実では、彼女、髪をストレートに伸ばしてる。でも、大正十二年界じゃあ、髪型を変えてるんだ。気分の問題、ぐらいに思ってたけど、そんなに軽いものじゃなかった。 「でも、そんな時に、救世さんと出会ったんです」 すがるような目で、天夢ちゃんが僕を見上げる。 天夢ちゃんは美少女だ。こんな子に想いを寄せられるのは、嬉しい。でも、彼女の気持ち、その正体は……。 僕が何かを言おうとしたとき。 何かの気配、まるでしゃくり上げるような気配がした。 天夢ちゃんと二人で、そっちを見ると、路地の先に、紫雲英ちゃんがいた。両手で着物の太ももの辺りを握りしめ、涙で顔をぐしゃぐしゃにして、紫雲英ちゃんが言った。 「ずるい……。ズルいよぅ。私、そんなに重いもの、背負ってないもん。自分の何かをかけたような、そんなデッカい想い、そこまでのもの、私、持ってないもん! どうやったって、天夢ちゃん先輩に敵うはず、ないじゃないッスか! ひどいよぅ、あんまりだよう……!」 そして、紫雲英ちゃんは、走り去ってしまった。 「あ、紫雲英ちゃん!」 後を追いかけようと、路地から出たけど、どこかの角を曲がったらしく、紫雲英ちゃんの姿は見えなくなってた。 「救世さん」 天夢ちゃんが僕の前に来た。 「確かに、あたし、兄の面影を救世さんに被せてるだけかも知れません。でも、それならそれで、自分の中に区切りをつけたいんです! あたしのエゴだっていうのはわかってます! お願いです、しばらく、あたしの『お兄さん』で、いてください!」 紫雲英ちゃんじゃないけど、確かに、この言葉はズルいと思った。 でも。 彼女には、「そういう時間」が必要なのも、僕は感じていた。 なら、僕にできる範囲で、何かをしないと、いけないんじゃないか。 僕はそんな風に思っていた。
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