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作品名:帝都、貫く、浄魔の拳 作者:ジン 竜珠

第209回   玖の十九
「中学二年の冬、あたし、簡単な彫金で『比翼の鳥』を作ったんです、あたしと兄の分、一つずつ」
 比翼の鳥。二羽で一対の翼を持つっていう、「夫婦の理想像」のモチーフに使われる、伝説の鳥だ。
「それを、ブローチみたいに加工して。兄も、それは拒否せずにつけてくれました。当時、兄は、大学生でした。あたしが作ったそれは、とっても拙(つたな)い物だったけど、それでも、兄は喜んでくれたんです」
 そう語る天夢ちゃんは、幸せそうに見えた。
「でも、あたしが三年に進級した四月の、ある夜。兄が出かけた時、かなり時間が経ったあとで、財布を忘れていったことに、気がついたんです。あたし、それを兄が『利用する』と言っていた市電の駅まで、届けに行きました。家から、走って五、六分のところです。兄の姿を見て、駆け寄ろうとしたあたしが見たのは、一人の女性と親しげにしてるところでした」
「……そうなんだ」
 その時の、彼女の胸の痛みが思い浮かぶ。
「兄は、はっきりと言ったんです、『今、つき合っている人だ』って。あたし、何が何だかわからなくて、その場を駆け出しました。兄があとを追ってきて、あたし、思わず言ってしまったんです、『あたしのことを奪って』って。でも、兄は応えてくれない。それで、あたし、兄に抱きついて、無理矢理、キスしようとして。でも、兄に拒否されて」
 天夢ちゃん、結構、積極的だった……。いや、必死だったんだな。
「今、思えば、なぜ、そこまでしたのか、いいえ、そもそも、なぜ兄が追いかけてきたのか、わかりません。キスを兄に拒絶され、あたしはそこを駆け出した。でも、うっかり車道に飛び出していたらしいんです。……気がつくと、あたし、道路に倒れてて、血を流して動かなくなった兄が、遠くに倒れてて……」
 しばらく、沈黙の、そして、沈痛な時間が流れた。ここは裏通りだけど、無人じゃない。その、無遠慮な雑踏が、かえって僕たちを「別の世界」へと、隔離させているのを実感した。
「それから、二ヶ月ほどして、あたし、剣道部の遠征で出かけた先の中学校で、一人の男性を見かけました。兄にそっくりでした。その人、その中学校で、英語の外部講師をしている人だったんです。あたしの方から、声をかけました。でも、その人は、雰囲気こそ、兄に似ていましたが、中身は別人……いいえ、別の『モノ』でした。ゆーるちゃんからも『過去は振り切れ』みたいなことを言われたんです。でも、あたし、もう、止まれなくなってて、夏休みのある日、あの人に求められるまま……」
 そこからは聞く必要はなかった。だから、
「天夢ちゃん、もういいよ……」
「いいえ! 聞いてください、最後まで!」
 真剣なまなざしの天夢ちゃんを見たら、僕には、もう何も言えない。
「そこは、鼎?女学院中等部校舎から、そう遠くない場所です。今は取り壊されていますが、当時、そこには平屋の空き家があって、鍵もかかってないんで、誰でも立ち入ることが出来たんです。そこで、あたしは、その男の人と……。あたしの中にあったのは、その男の人に対する愛しさなんかじゃありません。償い、だったと思います」
「償い?」
 天夢ちゃんは頷いた。
「あたしが勝手に思うだけ、なんですけど、兄も、あたしのことを愛してくれてたんだと思うんです。だから、あのとき、あたしを追いかけてきた。なのに、どうして、あたしのことを拒絶していたのか、その理由はわからないんですが、少なくとも、兄はあたしのことを、一人の女の子として見てくれてた。そう、勝手に思ってるんです。そして、あたしを護るために、命を落としてしまった。だから、あたしは、兄に、命をかけて償いをしないとならない。その想いだけでした。だから、『兄』があたしの身体を求めるのなら、それに応えないとならない。でも、『その行為』が始まりそうになったとき、あたしの中に恐怖が生まれて。あたし、必死で抵抗して。その時、何があったのか、詳しくはわかりません。その男の人、頭とか胸を押さえて、苦しみ出して、そのとき、ゆーるちゃんが踏み込んできて。彼女、あたしのことを心配してて、あの日、偶然あたしたちを見かけて、あとをつけてたんだそうです。……その男の人は、警察に通報されたくないってことで、あたしの前から消えました」
 その時の天夢ちゃんが「どういう格好」になっていたか、彼女は話してくれたけど、それは、忘れることにした。


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