「救世さん!!」 あの矢には、いかなる力があるのだろう? もしかすると、ミサイルのようなものかも知れない。 上空へ飛ばされた心は、無事でいられるだろうか? あのまま、墜落したら、大怪我……下手をしたら死んでしまうかも知れない。 天夢の心は千々に乱れ、泣きそうになった時、目の前に金色の勾玉が現れた。そして、貴織、紫雲英、それぞれの頭上に、銀色の勾玉。 銀の方が一つ多い。今ここにいるのは、天夢を含め、四人。ということは、金が心の元に現れたということ。 ならば、心の身の安全は保障された。勾玉による「ヨロイ」の防護力は、物理的なダメージの、大部分をシャットできるらしい。それに身体能力も飛躍的に向上するから、どこかで落下スピードなりエネルギーなりを減殺(げんさい)できるだろう。安堵感が生まれる。 そして。 紫雲英の銀の勾玉が天夢のものと一体となった。 金銀の太極図を手に取り、天夢はキーワードを唱えた。 すぐさま、新の発案で、貴織がここで心に唱えさせたキーワードを唱える。 「Guard、Lower Skirt!」 スカートの周囲に、何らかの「力場」が生まれたのが感じられた。どうやら、これでスカートがまくれ、その下が見られることはなくなりそうだ。この言葉の意味は「スカートの下を護れ」。貴織は、大正十二年界(こちら)での知り合いだという、英語の教師に、こう耳打ちしたという。「護世士の女性が、あそこにいる書生(心のことだ)が口にする単語を口にしたあとで、その次に口に出したものが、護られる」。 変質が起こったそうだから、この言葉は有効となった。天夢の場合はスカートだが、「何かの下」あるいは「何かの下部」であれば、効果を及ぼせる、汎用性が高い言葉ではないか? 剣を呼び出し、ディザイアを見上げる。 愛染明王。皮相な捉え方をすれば、「恋を叶える存在」だ。察するに、あの禍津邪妄は、恋慕の対象と自分とを「一つに縫い付ける」という欲念だったのだろう。「目」があったのは、相手を見失うことなく、しっかりと捉えるため、翼が生えていたのは、「想いに距離は無関係」ということを象徴していたのかも知れない。 ふと、天夢は思ってみた。 もし、このディザイアをこのままにしておいたら? 顕空現界……現実世界では、ディザイアの元になった誰かの「恋」が叶うことになるのだろう。だが、このディザイアがやっていたのは、「誰かの恋を叶えること」。いわば、縁結びだ。このディザイアの元になった人間が、なぜ、そのような欲念を持っているのか、不明だが、もしこのディザイアの元になった人間の力が、回り回って自分のところに来たら? 心の顔が浮かんだとき、貴織の声がした。 「天夢ちゃん! 何、ボーッとしてんの!?」 「……え? ああ、すみません!」 咒符を出す。だが、まだ躊躇があるのか、すぐには剣には挿せない。 「天夢ちゃん」 貴織の静かな声がした。 そっちを見ると、複雑な笑みを浮かべていた貴織が言った。 「お年頃だから、いろいろ思うところはあると思うけど。でも、ディザイアはディザイア。千紗もいつか言ってたけど、例外はないの」 矢が飛んできた。それを、天夢は剣で反射的に弾く。弾かれた矢が、講堂の天井部分に命中し、爆発する。 「ねえ、天夢ちゃん? 確かに、あのディザイアの力で、恋が叶うことがあるかも知れない。でも、それって、無理矢理叶えた、一方的なものなんじゃないかな? それって、……。『彼』にとって、幸せなことなの?」 固有名詞こそ出さなかったが。 しばしおいて。 天夢は咒符に意識を合わせた。 「経津主(フツヌシ)!」 咒符が金色(こんじき)に輝く。それを柄のスリットに挿し入れた。刃が金色の光で満ちる。 初めてこの剣を使った時に、現れた符だ。 「塞神招請!」 紫雲英がキーワードを唱えた。これも、新の発案によるものらしい。もともとは、貴織が思いついたことだったそうだが、「テキスト化」したのは、新だという。これで、結界が形成できるらしく、また、実際に形成されるのがわかった。 天夢は剣を構える。これはあくまで天夢の「感覚」的なものだが。 八つの柄の内、「剣としての力」を強化するのは、「ヒゲキリ」「都牟刈」「経津主」の三枚の咒符だ。「ヒゲキリ」は、妖怪がベースのディザイアや禍津邪妄に、「都牟刈」は咒力攻撃も含めて汎用性が高く、「経津主」は神話などに由来する存在に対応して、特化した力を示すように、感じていた。 気合いとともに、天夢は、ディザイアめがけて、跳躍した。
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