そして、裏口を飛び出したとき、周囲から黒いガスのような物(僕には、付近にいた若い女性の口から出ていったように見えた)が「ヤマチョウ様」に集まる。その瞬間! 立ち止まり、「ヤマチョウ様」が身を震わせる。絶叫にも似た声を上げ、その姿が歪み、変化した。詳しくは知らないけど、不動明王、っていうんだっけ? あんな感じのものになった。 高さは七、八メートルはあるだろうか。ゆっくりと振り向き、こちらを見下ろす。全身が真っ赤に輝き、背中に炎を背負い、左手に弓を持っている。 あれって、いわゆる「キューピッドの弓矢」ってやつか? あんな怖いのが、キューピッドとか、ってよくわからない。多分、適当な形になったんだろう……。 そんな風に思っていたのがわかったか、それとも僕が首を傾げたから、「なんだ、あれ?」と思っていると判断したか、天夢ちゃんが言った。 「あれは、愛染明王(あいぜんみょうおう)っていいます。おそらくその中でも『天弓愛染(てんきゅうあいぜん)』と呼ばれるものだと思います。金剛薩埵(こんごうさった)の化身っていわれてますけど、あたしは、ヒンドゥーの愛の神、カーマじゃないかって思ってます。カーマって弓矢を持ってて、その矢で人に愛を抱かせるっていいますから。そもそも愛染明王は、『煩悩即菩提(ぼんのうそくぼだい)』っていって……」 まだ何か言いかける天夢ちゃんを遮り、僕は言った。 「く、詳しいね、天夢ちゃん……」 「え? ええ、昔、ちょっと調べたことが……」 と、ちょっとだけ、天夢ちゃんは目を伏せる。 それが気になったけど、僕の思索を、講堂から一足先に出てた紫雲英ちゃんの声が遮った。 「あ、あれ!」 紫雲英ちゃんの視線の先を見ると、愛染明王が、弓に矢をつがえるところ。で、その矢の矢筈(やはず)のところに、人間の「目」のようなものがあった。 天夢ちゃんとともに、講堂を出ると、紫雲英ちゃんの隣に立っている貴織さんが頷いた。 「そうか、あの禍津邪妄、進化すると、こいつになるのか……」 よくわからないけど、前段階の禍津邪妄が存在して、貴織さんと紫雲英ちゃんは、そいつに会ったことがあるらしい。 明王がこちらに矢を向け、放って来た。 天夢ちゃんたちが、横飛びに避け、僕も、左側に飛んだけど、そこには、なんかの建物(あとから思うと、多分、物置)にぶつかって跳ね返って、で、そこに矢が着弾して……。 「救世さん!!」 悲鳴にも近い天夢ちゃんの声を聞きながら、すぐ背後で爆発した矢の爆風を受け、僕は空高く、舞い上げられた。
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