その様子を見て、貴織さんが頷いた。 「やっぱりね」 紫雲英ちゃんが聞いた。 「『やっぱり』、って何がですか?」 「まあ、見てて」 イタズラっぽく笑うと、貴織さんはタイミングを見計らい、お弟子さんの声を真似て、大きな声で言った。 「これは、なんですか?」 一同がこちらを見る。ちょっと、気恥ずかしいものがあったけど、気になるものがあった。それは、お弟子さんの、こっちを見る視線だ。それは、「驚愕」以外の何ものでもない。その驚きようは、貴織さんが、いきなり声を上げたこと以外にもあるように思えた。 間髪入れず、「ヤマチョウ様」が答えた。 「巾着袋です」 会場がどよめく。……悪い意味で。 貴織さんが続けざまに言った。 「私の左手にある物は、なんですか?」 ちょっとだけ間が空いて、「ヤマチョウ様」が答える。 「『少女小説』です」 また、会場がどよめく。 立ち上がり、貴織さんが言った。 「やぁっぱりねえ。さっきから聞いてて、『これ』とか、『手に持った物』なんて、妙に言い分けてるなあ、て感じてたの。松旭斎天勝(しょうきょくさい てんかつ)がやってるのも、まさにこういうこと。ここでは、……そうねえ、『これ』だったら、『巾着袋』、『左手にある物』だったら『少女小説』……」 次の瞬間、辺りに、静電気が走りまくった。 貴織さんが動揺したように言う。 「ええーッ!? なんで!? 松旭斎天勝って、この時代の、手品師の人だけど!?」 天夢ちゃんが言った。 「……多分、『テンカツ』っていう人が使ってる手品の種、今の時代、一般的には、あまり知られていなかったんじゃあ……?」 その言葉に。 「くあぁぁぁぁぁぁ! こんな、こんなことでも!!」 と、貴織さんが、頭を抱える。 なんていうか、ホント、たいへんだなあ、言葉には気をつけないと。 ふと、気づくと、「ヤマチョウ様」が目隠しを外し、立ち上がって、こちらを睨んでた。 「その不逞(ふてい)の輩(やから)を、取り押さえるのじゃ!」 僕たちを指さして、「ヤマチョウ様」が叫ぶけど、誰も動かない。ていうか、お弟子さん以外、みんな、疑わしそうに「ヤマチョウ様」を見てる。「ええい!」と、業を煮やしたように、「ヤマチョウ様」が壇から降り、こちらにズカズカと歩み寄ってくる。普通、手品の種が見破られたら、うろたえるとか言い訳するか、だと思うけど、こいつのメンタリティーはそうとう幼いんじゃないだろうか? 人を押しのけながら、すごい形相でこっちに向かってくる「ヤマチョウ様」だったけど。五メートルぐらいまで近づいたときだろうか。 僕と「ヤマチョウ様」との間に、静電気のようなものが走った。なんだろう、と思って、懐に手を入れる。 「咒符」の文字が光り、放電のような光を放っていた。 「決まりね」 貴織さんが懐から、放電する咒符を出した。そして、ズレているわけでもないのに、眼鏡を直す仕草をして、目を細め、口元に笑みを浮かべて言った。 「……ああ、そっかあ。『ヤマ』と『チョウ』って、山川の『山』に、空を飛ぶ『鳥』って書くのね? 横に繋げると『嶋』っていう字になるわ」 ああ、そうか。「嶋來未記念講堂」の、「嶋」って……。 「ヤマチョウ様」が、息を呑む。そして、きびすを返して、駆け出した。速い! なんていうか、物理法則を無視した速さ、としか言いようがない。まるで、宙に浮いて、滑ってるようだ。 僕たちは、それを追う。
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