八月八日、午前零時二十分。冥空では、八月十日の午後零時二十分だ。 例によって、帝都文明亭へ行ったけど、昼食時なんで、中は、お客様でいっぱいだった。 なので、しばらく外をぶらつくことにする。で、僕は、日付確認用に買った新聞を読んでいた。 基本的に、記事は、前に読んだ、同じ日付のものとあまり変わらない。しかし、それでもループするごとに、小さな点が変わっていたりする。この理由は、一応「以前は、取り上げられなかった記事が、記載されているのではないか」とか「変質が起きていた場合、その辻褄合わせによる、記事が生まれているのではないか」なんて推測されているらしい。 このあたり、この間から読んでる、量子力学の理論に似ているところがあるな。 量子力学って、解釈によってかわるところはあるんだそうだけど、今、僕が読んでる本によると、「A、Bと二つの可能性が考えられる場合には、そのどちらもが、同時に存在する」んだそうだ。もっというなら、「Aという可能性も、Bという可能性も、どちらも『確率的』に存在するだけであって、確定されたものではない」そうで、「かくある」と決めた瞬間、AかBになるらしい。 言い換えたら、確率的にCという可能性が存在しえない場合には、絶対にCという可能性は実現しない、ってこと。 だからこそ、この大正十二年界で、「魔災の種を潰す」っていう可能性を確実なものにする、「魔災は起きえない」ものにするっていうことなんだろうけど。 でも、なんとなく、なんだけど、僕は「それ」になんか、引っかかるものを感じてるんだ。それが何なのか、今のところ、明確な形にはなっていないけど。 しばらく歩いていると、前の方から、伊佐木がやってくるのが見えた。 「よう、救世」 僕に気づき、伊佐木が近づいてくる。そして。 「そうだ、お前、知ってるか?」 「何を?」 「愛染明王ヤマチョウ様だよ」 そう言われたけど、僕が首を傾げたんで、伊佐木は懐から一枚の紙を出した。 「帝都に顕現せし、愛染明王の化身、ヤマチョウ様の大験力(だいげんりき)。紳士淑女の懸想(けそう)を叶える、ヤマチョウさまの敬愛(きょうあい)の、天弓の威力を見よ」なんて文字が躍ってる。 「うさんくさいなあ……」 「ああ? 救世、この方は本物だぞ? 俺も、さっき道場に行ったが、その千里眼はすごかった」 「千里眼?」 「ああ!」 と、伊佐木は、興奮冷めやらぬ体(てい)で、言った。
|
|