「署長? なにか、問題でも?」 秋恵は、今、上石津署署長、美澤(みさわ)警視に呼ばれて、署長室にいた。 「例の、『エイト・ウィール』社員の事件だが。殺人事件、ということで、いくんだね?」 すぐにおかしい、と思った。そのことは、刑事課長とも相談してある。なぜ、係長である自分が呼ばれたのか? 現場の判断を聞きたい、ということかも知れないが。 「ええ、あれは、殺しです」 「そうか」 美澤がそう言ったとき、ドアがノックされ、一人の男が入ってきた。 年齢は三十代半ばだろうか、少し痩せて、眼鏡をかけ、目がギラギラした、いかにもインテリ然とした空気をまとった、一人の男。 美澤が言った。 「管理官」 秋恵も、その男を見る。 この男が、今回の事件(ヤマ)の管理官か。率直に「虎の威を借る狐」という喩えが、ピッタリくる男に思えた。 男が言った。 「県警管理官の須ヶ原(すがはら)です。……署長、お話はしておいたと思いますが」 美澤が頷く。 「古瀬くん。このヤマ、自殺の線が濃厚、ということでいいんだね?」 まるで、念を押すような言い方だ。 なので、言ってやった。 「いいえ、あれは、『殺し』です!」 こっちも念を押してやる。 美澤が呻いた。 須ヶ原が咳払いをする。 「署長、『飼い犬』のしつけがなっていないようで」 その言葉が癇(かん)に障ったが、秋恵は須ヶ原を睨むに留めた。須ヶ原が言った。 「事件概要を聞く限り、自殺、以外に考えられませんね」 「お言葉ですが、管理官」 と、秋恵は反駁(はんばく)する。 「事件概要をお聴きになったら、おわかりでしょう? 他殺以外に、考えられません」 「風が流れれば、手の甲側に火薬残渣が残らなくても、不自然じゃない」 「ドアもウィンドウも、閉まってましたが?」 「打ち身も、偶然、そうなったんだろう」 「偶然?」 「銃撃のショックで、シートで首筋を打つとか、腹部を打つとか」 「その辺りは、検証しています」 「不十分だったんだ、やり直したまえ」 「仰ることが論理的ではありませんが?」 「とにかく」 と、須ヶ原は薄笑いを浮かべて言った。 「今夜の捜査会議では、自殺の線で、話を進めます。……署長、飼い犬には、ちゃんと『首輪』、つけておいてください?」 飼い犬。今、また「犬」って言いやがったか、この男!? そんなモノローグが、顔に出たのを感じた。美澤がそれに気づいたらしく、咳払いをした。 「と、とにかく、古瀬くん。今夜の会議に向けて、強行犯係の『意思統一』をはかっておいてくれ」 一礼し、署長室を出る。 出たところで、秋恵は心中(しんちゅう)、毒づいた。 この小役人どもが! 私が出世したら、その素ッ首、速攻でスッ飛ばしてやるからな!! 「……まあ、無理よねえ……」 溜息とともに、そう呟き、秋恵は、刑事課の部屋に戻った。
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