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作品名:帝都、貫く、浄魔の拳 作者:ジン 竜珠

第196回   玖の六
「社長?」
 と、ソファに座ったまま、阿良川が修司を見上げる。その口元には、薄い笑いが浮かんでいる。
「余裕、なくなってませんか? 余裕を持たないと、全体が見えませんぜ?」
「……うるさい。もう、後がないんだ」
 と、修司は言った。
「お前にこんなことを言ってもわからんかも知れんが」
 上石津市は合併を繰り返した結果、巨大な市となり、この県の、約五分の一の面積を占めている。県庁所在地の中埜石市よりも大きいぐらいだ。その中には、いわゆる「未開発」のエリアもある。そんなエリアの中に「野々見東」と呼ばれるところがある。ここに、数年前、民間レベルではあったが、「ニュータウン構想」が起ち上がったのだ。そして、その権利を帝星建設が手に入れた。
 だが。
「野々見東のニュータウン構想。我が帝星建設グループを上げての大事業になるはずだった。だが、去年の調査で、そこに、こともあろうに遺跡があるのがわかった! しかも、場合によっては、重文指定されるかも知れない! 計画は白紙撤回だ! それまでに先行で投下した資本……おさえた資材費用や、動いた人材のギャランティー、さらには、事業の中止に伴う、各種違約金! どれだけの額に上ると思う!? 冗談ではない! あの時は、本当に社が傾くかと思った!」
「でも、大部分の負債を、石毛建設に付け替えたんでしょ?」
「……仕方がなかった。社を守るためには」
「でも、約束……石毛建設の社員への保障っていう約束は、守ってないでしょ?」
「あれは、仕方がない! そのように動く前に、横領があって、その犯人が石毛社長の息子だった! 処分せざるを得んだろう!?」
「でも、その代わり、小金井部長から土原議員とのパイプを取り上げた桑原人事部長の提案で、今度の、駅前再開発、手に入れたんじゃないですか?」
「だから! だからこそ、失敗できんのだ!!」
「じゃあ、殺して正解じゃないですか」
 阿良川が、鼻で嗤う。
 反論できない。
 椅子に座り、呼吸を整えてから、修司は言った。
「で。例の映像、何かわかったのか?」
 津島が持っていたスマホの動画、津島が持ち歩いていたDVD−Rの映像、そして、奥坂から見せられた映像。いずれも、共通するものだった。
 どこかの町の中、そして、民家らしき物。だが、特定は出来ない。いかにもひなびた場所であり、繁華街や、何らかの目印らしいものがないのだ。
 阿良川が首を横に振る。
「あの程度の画素や解像度では、遠くに映っている道路標識や案内板を読むのは、難しいですねえ。奥坂という男も、『詳しくは、わからない』と言ってましたし?」
 津島は鞄の中に、一枚のDVD−Rを隠し持っていた。中に記録されていたのは、やや粗い、一分程度の動画。同じ物が津島のスマホにもあった。だから、これが重要なものであることは、間違いない。だが、津島はジャーナリスト、他の調査案件のものかも知れないし、もっといえば、プライベートなものかも知れない。
 しかし、DVDのラベルは「癒着・証拠」、スマホのファイル名は「重要証拠」。そして、常に持ち歩いていた。帝星建設と土原議員との癒着に関する物だと推測するに、充分だった。
 そして、あの「奥坂」という男の送ってきた動画。これも同じものだったのだ。
 癒着に関する重要な証拠を示す「何か」であることは、もはや、確定だった。
 あの「奥坂」という男は、最初は修司(もっとも「帝星建設社長」という肩書きつきだったが)宛てに、無記名でDVD−Rを送りつけてきただけだった。八月四日、金曜日だった。
「津島行延の置き土産。御社と、ある議員との癒着の証拠」というメモをつけてあり、そのメモには、「オリジナルの買い取り費用」として、ある程度の金額が記してあった。その授受方法として、「中埜石中央駅前のコインロッカー」を中継することが書いてあり、その鍵が同封してあった。
 その金額は、決して低いものではなかったが、一企業の社長を脅すにしては、あまりにも安いと言えた。


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