八月七日の、午後五時。 帝星建設社長の野蔵修司(のくら しゅうし)は、社長室にいた。修司は、まだ四十五歳だ。現会長でもある父、先代社長から、社長を託されたのは、三年前、父が大病を患って引退を決意したときだ。帝星建設の創業は、大正十三年に遡るそうだが、実は一度、潰れている。それを、戦後、祖父が再興し、修司で三代目だ。 今、ここまで社が大きくなったのは、父の功績だ。だから、世間では、修司のことを「典型的なボンボン社長」と見る向きがほとんどだし、実は、修司にも、ある程度、そういう自覚がある。父から修司の補佐を任命された専務からも、いろいろと言われている。だからこそ、自分の代で、一つ、大事業を成功させたいと、思っている。 デスクの上の内線電話が鳴り、呼んでおいた人間が来たことを告げた。ぼどなくして、秘書の女性に案内され、一人の社員が入ってくる。 その社員に笑顔を向け、修司は言った。 「やあ、正力くん。まあ、かけたまえ」 入ってきた社員、営業部の正力武良にソファに座るよう促すと、秘書に退室させた。 「社長、私にお話、とは?」 何か不始末でもしただろうか、武良の顔に、そんな不安がにじんでいるのを見て、修司は笑顔を浮かべてやる。 「今月末に、県予選があるそうだね」 「え? ええ。来月に、県大会、十月に全国大会です」 なにかの叱責でも受けるのか、と思っていたら、そうではなかった。そんな感じの、安堵の溜息とともに、武良は言う。 「君にね、贈りものを預かっているんだ」 「贈りもの?」 武良が首を傾げる。 修司は、椅子の後ろに置いていた、長細い箱を取り、ソファに行く。自分も座り、その箱を机の上に置いた。 「ミズ・CQって知ってるかな?」 武良が首を傾げる。 「滝陽華っていう人だが、彼女が昨日、私を訪ねてきてね」 その名前には覚えがあるらしい。 「ああ、あの、M&Aのエージェント、っていう噂のある、謎の女性ですか。この最近になって、いきなり名前が出てきた、本当に謎だらけの女性。外資系の人間だっていう噂がありますが。……、まさか」 と、武良の表情が硬くなる。どうやら、深読みをしたらしいが。 「正力くん、我が社の体力は、そのような買収に屈するような、脆弱なものではないよ? 心配はいらない、彼女が狙っているのは、社に入っている清掃業者、C−membersらしい」 そして、箱を武良の前で示す。 「君のことを、知っていてね。今度の全国大会でも優勝して欲しい、といってね。『前祝い』なんだそうだ」
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