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作品名:帝都、貫く、浄魔の拳 作者:ジン 竜珠

第192回   玖の二
 あらかた、清掃を終え、休憩時間になった。僕たち、外部業者にあてがわれている「休憩室」の一つに行こうとしたとき。
 経理部のドアの前で、走ってきた誰かと、僕はぶつかった。
「ああ、ごめん……」と、走ってきた男の人が、僕を見て、息を呑んだ。
「……き、君は……!」
 その驚きようは、普通じゃない。でも、僕はこの人を知らない。なんだろう、と思っていたら、その人が何かに気づいたように、ていうか、うろたえたように言った。
「ああ、ご、ごめん。人違いだった」
 人違い?
 そして、その人は、経理部に入っていった。
 今、入っていった男の人が「この書類作ったの、誰ですか!?」なんて、言うのを聞きながら、僕は、近くに来た生田さんに聞いた。
「あの人、誰ですか?」
 生田さんが、僕が指し示す人を見る。女性事務員さんと、「こちらが出した見積もりと合わない」とかなんとか、口論している男性を見て、生田さんが言った。
「ああ、資金管理一課の、管理主任、フジオカ トモカズさん。富士山の富士に、岡、朝、ていう字に、円い『円』ていう字を書いて、『ともかず』って読むんだって。ムラさんと同期で、剣道部に誘われて、体験入部したことがあるそうよ」
「朝に円で、ともかず、ですか」
 人の名前って、難しいなあ。でも、そんな名前の人、知らないけどな? やっぱり、心当たりはない。
「なんか、あの人、僕のことを知ってるみたいな感じだったんですよね、人違いだとは、言ってましたけど?」
 その言葉に、生田さんが、苦笑を浮かべる。
「気にしないで? あの人、いつも、ああなの」
「……え?」
 休憩室へ向かう途中で、生田さんは言った。
「あの人、資金管理一課の、資金管理係だったんだけど、去年、横領事件があったじゃない、ここ?」
「はい」
「その時、当時の管理主任だった人が逮捕されて、富士岡さんが、管理主任代行、ていうのになったの。で、そのまま、この四月に正式に管理主任になったの。それって、出世、っていうか、大抜擢なのよ」
「大抜擢?」
「うん。この会社、ていうか、資金管理一課って、管理主任、っていうのは、課長に次ぐ、ポストなんだって。なんでも、昔、資金調達係の係長だった人がヘマをやらかして、それを、当時、資金管理主任だった人がうまく解決して。で、資金管理係係長の下にいた、資金管理主任と、資金調達係係長の下にいた、資金調達主任を、管理主任に一本化した、ってことがあったらしいの。だから、主任なのに、係長より上、課長のすぐ下なんだって」
「なんか、複雑な話ですね」
「そう。私も、この話聞いて、何が何だか、わからなくて。でね? 富士岡さんなんだけど、管理主任になった辺りから、なんか、おかしくてね?」
「おかしい?」
 おかしい、て聞くと、含みがある。まるで「今度はこの人が、なんかの事件に関わってるか、事件を起こしそう」って、聞こえるな。
「おかしいって言うと、語弊があるけど。……なんか、おびえてるの」
「おびえてる?」
「うん。だから、見慣れない人に出会うと、警戒したような態度を取るし、いろいろ社内名簿とか、外部業者の顔写真入りの名簿をチェックしているらしくて、こちらが知らないのに、向こうはこっちを知ってる、なんてことがあるのよ。好意的に解釈すれば、『相手のことをよく知ろうとする、気配りの出来る人、悪く言えば、世渡り上手の人』なんだろうけど、そういう感じはしなくて」
 そして、生田さんは言った。
「まるで、『何かを恐れてて、会う人みんなをチェックしてる』感じ、かな?」
 休憩室のドアを開けながら、僕は、二つのことに気づいていた。
 まず一つ。
 僕の顔写真は、確かにC−membersに提出したし、C−membersも、僕のことを報せていると思う。でも、だからといって、いちアルバイトのことを、管理主任、っていう立場の人が、いちいちチェックするものだろうか?
 二つ目。
 富士岡、正確には、「ふじおか」っていう響き、だいぶ前に、どこかで聞いたような気がする。いつ頃、どこで聞いたのか、思い出せないけど、もしかしたら、実は会ったことがあるのかも知れない。


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