邪妄が攻撃に転じてきた。針の先端が、天夢を襲う。それを剣でいなし、次の攻撃に備え、剣を構える。すると、どういう動きをしていたのか、横から針が突進してきた。 かわすことが出来ず、肩口をかすめる。それなりに痛かったが、傷は負っていない。この「ヨロイ」の防護力らしい。 以前、貴織に金の勾玉が降りてきたときのことだ。その時は人間と変わらぬ大きさの、包丁の形をした禍津邪妄だった。その一撃を受けて、貴織の着物が切り裂かれたことがあった。刃物の動きから見て、体にも刃物が食い込んでいるはずだが、彼女は怪我を負っていなかった。どうやら、金の勾玉の彼女は、目に見えて「ヨロイ」を纏ってはいないが、その防護力は働いているらしい。 禍津邪妄の攻撃程度なら、傷一つ、つくことはないのだろう。 振り返り、剣を構えるが、その方にはいなかった。そして、背後から気配を感じ、身をひねって、地に転がった。自分が立っていた辺りを、邪妄が飛んでいった。 動きがデタラメだ。というより、直線的ではない。もしやと思い、気配を探りつつ、地上に映る、飛行する禍津邪妄の「影」を見る。どうやら、円移動が基本らしい。 また、地に転がって、動きをかわし、「影」を見る。また、飛んでくる。今度は、先読みし、剣で弾いた。 また、「影」で、動きを探る。それを見て、気づいた。 「……そうか、さっきみたいに、『目』のひと睨みで、地上に『糸』を打ってるんだ」 地上のどこかに見えざる「糸」を打って、「支点」を作り、その「支点」を使って、円運動を基本とした、ある種、無軌道な動きを行い、天夢を攻撃していたのだ。 ならば。 天夢は邪妄の動きを「影」を見て探り、予測する。そして。 「そこッ!!」 気合いとともに、地上の一点を、切っ先でうがつ。さらに、もう一ヶ所、気合いもろとも、剣で砕いた。 空中を飛んでいた禍津邪妄が、まるでギリギリまで張られたゴム紐で弾かれたように、直線の動きになり、八階建ての建物の、五階辺りの壁に突き刺さる。 「二つの支点があったから、不規則な動きだったのか……」 禍津邪妄は、基本的に本能のまま動く。こんな風に「頭を使う」ような動きはしない。これはディザイアに成長する兆候かも知れない。 ならば、早く倒さねば! 天夢は、邪妄が刺さっている建物の壁を蹴り、垂直の壁をまるで平面であるかのように駆け上がる。そして、黄金色に輝く剣でその体を斬ろうとしたとき! なにかの気配が降ってきて、天夢をたたき落とした。 背中から地に叩きつけられ、一瞬、息が止まった。 視界の端、五メートルぐらい先に、黒い鎧武者が見えた。 「ムラ、マサ……」 呟き、痛む体に鞭打って、起き上がる。 全身が痛い。 『今回は、近くまで「来ていた」からな。早く来ることが出来た』 そう言いながら、刀を抜く。おそらく、あの刀が、妖刀・村正だろう。 ガシャガシャと、耳障りな音をさせながら、ムラマサが近づいてくる。 だが、天夢はまだ、立ち上がることさえ出来ていない。なんとか、片膝立ちになり、剣を構えると、一メートルの間合いまで来たムラマサが、刀の柄を両手で持ち、振り仰いだ。そして、天夢めがけて、まさに振り下ろされんとしたとき!
|
|