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作品名:帝都、貫く、浄魔の拳 作者:ジン 竜珠

第176回   捌の十二
「だからさ、なんで、俺がお前にメシ、おごらないと、なんないの?」
 浅黄の抗議を無視し、本部の駐車場で、浅黄の車のボンネットに頬杖をついて、貴織は言った。
「いいじゃん。比呂さんの方が年上だし?」
「テイボウじゃあ、お前の方が、少しばかり先輩なんだが?」
「やあねえ、女にメシたかる男って」
「それ言ったら、俺にメシたかるお前は、どうなんだ?」
「女はいいのよ」
 無茶苦茶な理屈だな、と呆れ呟きながら、浅黄は言った。
「俺、カノジョがいるって、いつか言ったぞ?」
 この言葉から、浅黄は、貴織が浅黄に対して、仕事仲間以上の好意を持っていることに、気づいているらしい。
 そうでなくては困る、と貴織は思った。直截(ちょくさい)的ではなかったが、これまで、それとなくモーションをかけてきた。貴織としては、浅黄に、これに乗って誘いをかけてきて欲しい、と思っていたが、どうやら、彼は、女性あるいは「恋」というものに対して、深い傷を負っているらしいことを、何かの折りに知った。
 だが、そう簡単に諦めるわけにはいかない。確かに、「あの事件」以来、男性を憎悪の対象にしたこともあったが、あの男だけが、特殊だったのだ、と今は、納得している。
 だから。
「うそ、ね?」
 浅黄が動揺したかのように、余所を見る。
「な、なんで、そう思うんだ?」
「だって、比呂さんが、女性と電話したり、メールチェック、なんてするとこ、一度も見たことないし。夜遅く出会っても、たいてい、一人か市役所の人と一緒だし? 何より、服装に代わり映えがないし、コロンや香水の香りなんて、一度も嗅いだことないから」
 浅黄が呻く。
「比呂さんが、どんな『傷』、背負ってんのか、あたしは知らないけどさ。あたし、上石津でも評判の占い師なのよ? 相談、してみてよ、きっといい『答え』、見つけられると思うから」
「……答え?」
 浅黄が訝しそうに貴織を見た。
 頷き、貴織は言った。
「あたしと比呂さんの未来は、『LOVERS』のアップライト」
「……なんだ、それ?」
「検索したら、わかるわよ。じゃあ、さ、あたしがどんなにすごい占い師か、教えてあげるから、講師料、いただける?」
「……いくらだ?」
「そうねえ」
 と、貴織は考える。
「イタリアン、って言いたいところだけど、比呂さんが行きつけの居酒屋でいいわ」
 少しだけ眉間にしわを寄せたあと、浅黄は言った。
「わかった、連れてってやる」
「ホント!?」
 浅黄の言葉に、貴織は自分の愛車に向かったが。
「どこ行く?」
「え? 自分の車に乗ろうと……」
「……乗れっつってんだ」
「……え?」
「だから、俺の車。……二度も言わせるな」
 そう言って、浅黄はドアロックを開けた。


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