部屋に一人残っていた、天夢の心中は複雑だった。 心は、まだ「あのこと」は知らないはず。おそらく、松江優留(まつえ ゆうる)は、「そこまで」は、話していないはずだし、「大町一平(おおまち いっぺい)」のことは報告書に記していないどころか、他の誰にも報せていない。伊達紫雲英は、その存在を知ってしまっているが、天夢の気持ちまではわからないはず。 心に全てを話す、と決めた以上、そのことを話さねばならない。自分の中で、きちんと整理しないと、お互い、混乱が生じるだけだ。 だが、まずは、お互いの距離を縮めたい。 大丈夫、時間はいくらでもある。 そう思っていたら、会議室に紫雲英が戻ってきた。 「どうしたの、紫雲英ちゃん?」 紫雲英がこちらを見ているように思ったので、天夢は聞いてみた。 「天夢ちゃん先輩」 と、いつものように、笑顔を浮かべ、紫雲英は言った。 「心さん、私がもらうッス」 「……え?」 紫雲英が何を言ったか、すぐには理解できなかった。だが、その言葉の意味が徐々に染みてきたとき、紫雲英は続けて言った。 「天夢ちゃん先輩の気持ち、ただの代償行為?ってやつッスよ。天夢ちゃん先輩、あの『大町一平』っていう人の姿を、心さんに被せてるだけッス」 この言葉から見るに、紫雲英は、天夢が一平に抱いていた想いを知っていたらしい。それだけでなく、今現在、天夢が心をどのように捉えているか、気づいているようだ。 「心さんは、心さん。そのあたり、ちゃんとさせないと、お互いが不幸になるだけッスよ?」 反論しようとして、言葉が出てこない。口が少し、開くだけだった。 紫雲英はさらに言った。 「天夢ちゃん先輩、美少女なんスから、男なんて、取っ替え引っ替え、できるッス。すっぱり、気持ち、切り替えてください。それじゃあ」 そして、紫雲英が出て行こうとして、その背に天夢は、思わず言った。 「そういうんじゃないでしょ?」 立ち止まり、紫雲英が振り向く。 「あたしにとって、救世さんは、オンリーワンなの」 紫雲英が目を細め、少し笑う。 「それ、ただの勘違いッスから」 すぐに否定できなかった。 「まあ、それ言ったら? 私も勘違いかも知れないけど? でも、禍津邪妄に襲われて、ピンチになった時、役に立たないと思ってた人に助けられて、トキメいちゃったのは事実ッス。それに、私、天夢ちゃん先輩よりも、一週間早く、心さんと知り合いになってるし、心さんのこと、天夢ちゃん先輩より、少し、知ってるッス。例えば、住んでるアパートの近所に、空き家があって、そこがそのご近所で『幽霊屋敷』って呼ばれてる、とか」 何か言わないと、「負ける」。 そう思っていたら、紫雲英がとどめを刺すように言った。 「天夢ちゃん先輩、なぁんか、迷ってるのが、見え見えッス。こういうのは、迷わず、一直線に行かないと、相手に対しても失礼ッスよ?」 少し、鼻で嗤ったように思えた。 確かに、自分の中には、迷いがあるのかも知れない。 いつの間にか、紫雲英は姿を消していた。
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