「わからない?」 「うん。大正十二年時点では存在したはずのない事柄にも拘わらず、変質しなかったことが、これまでにもいくつかあったんだ。これはそのうちの一つ」 僕は、紙に書かれたものを見る。確かに、大正十二年当時、こんなものが存在したはずはない。 「これは、仮説なんだけれど。『変質』が起きるのは、『その時点』ですでに前段階の存在や概念が、確立されていて、大正十二年の後に、一般化する、あるいは存在する可能性が高いものだ、って言われてるの。ただ、全部が全部、そうというわけじゃあ、なかったっていうのが、微妙なところなんだけど。……だから、どんなに未来に時間が進んでも、存在し得ないものは、そこに現れない、あるいは、『その時点』で、概念すら存在しないものは、『変質を起こさない』んじゃないかって。一応は、そう言われているけど、確実じゃないみたい」 そういえば、昼間読んだ量子力学の本に「かくある」と認識したときに、「可能性が生まれる」みたいなことが書いてあった。 「それって、誰も思いもしないことは、出現しない、ってことですか?」 「多分ね」 僕は改めて、紙を見る。 「帝都を護る、護世士と呼ばれる存在がいて……」みたいなことが書かれていた。 「誰か、言っちゃった人が、いたんですね?」 こんな物があるってことは、誰かが大正十二年界で「護世士云々」みたいなことを言ったんだろうな。 「多分ね。でも、『帝都を護る、特殊能力者』なんて、概念すら存在しなかった。だから、変質は起きなかったんじゃないかなあ?」 「なるほど。ちなみに、他にも、こういうのってあるんですか?」 「ええと!?」 と、貴織さんが斜め上を見て、考えるそぶりをした。それがまるで、「想定していなかった質問なんで、割とマジに思い出そうとしている」ように見えた。 「……そうそう、『ご遺骨から宝石を作る技術』なんか、出現してないらしいわ。当時は、そもそも、『ご遺骨から宝石を作ることが出来る』という概念自体がなかったから。……よかったわ、ほんとに」 ……そうか、言っちゃったんだな、貴織さん。 でも、初耳だなあ、ご遺骨から宝石、なんて。 「ご遺骨から、宝石が出来るんですか?」 「うん。火葬したあとの骨から炭素を抽出して、ダイヤモンドを合成するの。……あたしさ、死んだら、自分の遺骨からダイヤを作ってもらって、それを、孫とか、ひ孫の婚約指輪に使ってもらう、っていうのが、夢の一つなの」 「へえ、素敵な話ですね」 ちょっとほっこりなって、で、なんとも思わずに、そのまま言ったんだ。 「そのお孫さんが男の人で、婚約指輪にしてもらったりしたら、まさか、あの世からそのお嫁さんを、いびったり、なんてこと、しませんよね?」 その言葉に、貴織さんは、きれいな声で笑った。 「やだなあ、救世くん、そんなこと」 そして、僕を見る。 「するに決まってるじゃない」 笑ってたんだけど、目がマジだったよ、貴織さん?
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