「あの武将は、サル、と呼ばれていた」 と、白倉さんはホワイトボードに「猿太閤」と書いた。 「猿は、『ましら』とも読む。つまり」 ホワイトボードを見ながら、副頭が言った。 「ましらたいこう……。魔修羅大公じゃなく、猿太閤だったんですね?」 心なしか、その声は震えていたように思った。 僕も、静かな衝撃が全身を貫いたのが、わかった。 「そうなると、大公妃も太閤妃、大公后も、太閤后であった可能性が高い」 白倉さんが板書する。相変わらず、字が綺麗だな。白倉さんは、さらに、板書して言った。 「白いのと、黒いの、どっちがどっちかわからないけど、おそらく高台院(こうだいいん)……ネネと、浅井茶々(あさい ちゃちゃ)……淀君だと思う」 貴織さんが気づいたように呟いた。 「そうか、あのディザイアが言った『ネイ様』って、『ネネ様』だったのね?」 「ボクが、そう疑ったのは、奴が……猿太閤が大光世のことを『懐かしい』って言ったことなんだ。ボクの大光世は、実は、ある刀工の霊、正確にはその分魂(わけみたま)を降ろして鍛えたものだって聞いてる。その刀工の名前は典太光世(でんたみつよ)。ボクの太刀に切られた『大光世』っていう銘は、典太光世が鍛えた、大典太光世(おおでんたみつよ)に由来している」 そして「大典太光世」と板書する。 「歴史上、大典太光世の所有者は何人もいるけど、その中の一人に、前田利家がいる。彼は、太閤からこの刀を下賜されているんだけど、伝説では、病魔を祓ったっていう奇瑞を顕したそうだ。そういう伝説があるからこそ、その刀工の霊を降ろして、この太刀を鋳造したわけだけど。ただ、本来の大典太光世は、打ち刀であって、太刀じゃない。にもかかわらず、『懐かしい』って言ったって事は、大典太光世と縁が深いって事。前田家では、家宝にしていたそうだから、前田利家か、とも思ったけれど」 と、白倉さんが、厳しい表情になる。 「『太閤』の名を冠し、『サル』と縁があり、帝都……つまり江戸に対し『これでここも終い』と喜ぶほど、強烈な恨みを持つ存在は、あの武将しかいない」 そうか。自分たちの一族を滅ぼした徳川、その徳川が開発し発展させた江戸は、憎しみの対象でしかない、ってことか。だから、あの白いの、「これで東京もおしまい」みたいなこと言って、笑ったんだ。 「それにね?」 と、白倉さんは、板書した。
|
|