八月三日、木曜日。 僕は、アパートから百メートルぐらいのところにある、児童公園で爺ちゃんによる体錬を終え、アパートに帰ってきた。 「そろそろ、八時か」 軽く、パンでも、と思ったとき、電話がかかってきた。 「……副頭か。……もしもし?」 『救世くん、おはようございます。どうですか、清掃員のバイトの研修は?』 「昨日、受けてきました。なんていうか、ただ、掃除すればいいだけじゃないんだなあ、って」 『そうですか。今日は?』 「今日は、清掃会社の方の研修はなくて、古書店でのバイトが」 今日は、向こうの都合で、研修はないんだ。で、本格的に帝星建設へ入るのは、来週の月曜から。朝、昼、午後の三シフトで、僕は昼の担当だ。 『実は、君にお話ししておくことと、お願いしたいことがあります』 ? なんだろう、お話し、とか、お願い、とか? 『まず、お話ししておくこと。君は、呪術により、帝星建設の経理部経理第二課課長の、鈴田隆史(すずた たかふみ)氏の知り合い、ということになっています』 貴織さんの、知り合いの義理のお父さんだ。 『梓川くんのお知り合いから、社員名簿を、暗示によって見せていただき、それを元にして、パーソナルデータにアクセス。呪術をかけたのは、白倉くんですが』 だと思ってました。 『ある種の暗示に、近いものにしかならなかった、だそうです。私も、今朝方、聞きました』 「……なんですか、それ?」 この先を聞くのが怖いなあ、あの人だけに。 『たいしたことでは、ありません。鈴田氏は君のことを「知っていて」、「アルバイトとして紹介した」、C−membersの社長さんには、鈴田氏から「是非アルバイトとして、使って欲しい」と要請された。そんな風に思い込ませている。その程度にしかならなかったそうです』 「ええと? それが、どうかしたんですか?」 副頭の言う意味がわからない。 『つまり、その程度の暗示、言い換えたら、それ以上のデータは、お二人に入っていない、ということです。例えば、君が鈴田氏と、いつ知り合って、どのような知り合いで、どの程度の知り合いか、といったことは頭の中にはありません。下手なことを言うと、ボロが出て、そこから呪術が解ける怖れがあります。くれぐれも余計なことは言わないように、お願いします』 「それって、ただの催眠術、ですよね?」 呪術って、もっと深いところまで効果があるんじゃないんだろうか?
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